第47話:惡緣【壱】

 あまねは余裕の笑みを浮かべた。

 ――焦るけいを嘲笑うように。


大正この時代に、こんなことできないと思ったかい? でも僕は、ラヂオ塔を建てたり、色んな文化を先取りさせた人間だ。少し工夫すれば、これくらい簡単だよ」


 啓はあまねを無視して出入口のノブを回すが、何度やっても開かない。

 焦りからか、手に汗がにじんでいく。


「あぁ、無駄だよ。ここのドアは少し特殊でね。僕じゃないと開かないんだ」


 あまねは歩み寄ると、啓の顎を掴む。

 ぐい、と視線があまねに向いた。


「それよりも聞いてくれよ、この部屋の作りを! モニターの表示は映画――活動写真の技術を改変したものだ。流石にフルカラーはできなかったけど、モノクロなら簡単だったね。そして脳波の測定は、大會たいかいやラヂオ塔で使った――」


 説明をするためだろう、あまねが後ろを向いた。


 それを啓は見逃さなかった。

 勢いよく銃を構える。

 ――躊躇ためらうことなく、トリガーを引いた。


 パン、と乾いた音が響く。


「……次は兄さんを狙うって、言っただろ」


 撃たれた反動でふらついたあまねは、血濡れた肩を押さえて振り返った。


「っ、ふ、は、ハハハハハ!!」


 狂ったような声を上げながら、あまねは撃たれた肩を揺らして笑った。


「啓は、吉良・・くんに、悪い影響ばかり受けて。なんて可哀想に!」


 あまねは、パチンと指を鳴らす。

 その瞬間。

 啓の後ろのドアが、周にしか開けないドア・・・・・・・・・・が、ゆっくりと開いた。


 ――啓が予想した通り、部屋になだれ込むのは、大量のあまねのコピー。


 しかし予想外のものがあった。

 その列の後ろに、別の人影。

 それは――大量の啓のコピーだった。


 悪夢のような光景。

 啓は飲み込めず、思わず立ちすくむ。


 その間にも、あまねはうっそりとした笑みを浮かべる。

 コピーの啓の一人を呼び寄せると、肩に手を回した後、その頭を撫でた。


「あのね、啓。外科医の話を少ししただろう。彼は優秀でね、『見た目を別の人間にそっくり作り変える』技術を持っていた。そして僕は、脳波で『中身を』変えられる。その結果――これだけ、僕と啓が生まれたんだ」


 啓は部屋を見渡した。

 ざっと数えてそれぞれ五十人ずつはいそうだ。


「この世界で幸せになれなくても――僕はいくらでも、幸せになる世界線を作り上げることができる」


 コピーの啓から手が離される。

 彼女・・はふらふらと歩き出し、コピーのあまねのもとへ抱きついた。


「どうする? 啓が諦めれば全ては収まる。金輪際関わらないって言うのなら、吉良・・くんだって生かしてあげてもいい。ほら、この手を取って。――この世界で、僕と、幸せになろう」


 周りの啓のような人間・・・・・・・も、周のような人間・・・・・・・と抱き合っている。


 啓は吐き気に襲われ、思わず口を押さえた。


「……お前は、本当に、気持ち悪い」

「っはぁ……歪んだ顔も可愛いね。啓」


 啓に手が伸びてくる。


 これは、そうだ。

 ――頭を、撫でる癖。


 元の世界で最後に見た幻影――瞼の裏の幻影――に重なった。




 しかし、あの時にはなかったものが、続いて流れ出す。




『相手をきちんと見て、向き合え』


『相手の強さや優秀さを正しく認めるのも大事だ』


 出会った日の、來良きらの言葉。

 その意味が、啓の心のなかに、すとんと落ちた。


 ――そういう、ことだったのか。


 啓は目の前の兄へ、まっすぐに向き合う。


 兄は、優秀だ。

 どれだけ啓が努力しても、手が届かなかった。

 それを超せる身体能力も、脳の処理速度も、まだ身に付いていない。

 下手に反抗すれば、何をされるか分からない。


 それなら――どうする?


 啓が導き出した答え。

 それは、兄の隙ができる時。


 この癖・・・の瞬間を見計らうこと。


 啓は、ニヤリと口の端を歪めた。


「――こうすると、思ってた」


 もう、体は固まらない。


 啓は静かに、近くに置かれていたメスを掴み上げる。

 そのまま無防備なあまねの胸へ、深々と突き刺した。

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