第46話:絡繰【伍】

 銃口が友太ゆうたの方を向く。

 あまねに操られるように、ゆっくりとトリガーが引かれていく。


「嫌……だ」


 けいは首を横に振る。

 しかしあまねは笑い声を上げるばかりで、力を込めるのを止めない。


 目の前の友太は、再び柔らかい肌にナイフを沈めていく。


「……やめて!」


 啓が叫んだ――その瞬間。

 轟音が耳をつんざいた。

 重機の駆動音のような、工事現場のような、割れるようなバリバリという音。


 あまりの音量に、あまねの手が離れる。

 啓も思わず耳を押さえた。


 音は途中で、一気に音量を上げた。

 何事かと啓が振り返ると、すぐ横の壁が突き破られた。


 大きい何か・・が通り、勢いよく友太を巻き込む。

 その正体が分からないまま、数部屋先の壁にぶつかって止まった。


 その正体は――人間。


 数十人の人間が、ひとかたまりになっていた。

 その中には見覚えのある銀色のメッシュも光っている。


來良きらさん!?」


 啓は慌てて、破れた壁をくぐり抜けて駆け寄った。

 人のかたまりに巻き込まれたのだろう。友太もナイフを吹き飛ばされ、動きを止めていた。


 数人の下敷きになっていた來良を、啓はなんとか引っ張り出す。


 その体は今までにないほど、傷ついていた。

 出血はひどくはないが、体を強く打ったのだろう、來良はぐったりとしている。


 ――息はしているが、反応が薄い。

 目も、開いていない。


 どう、しよう。


 「死」の文字が脳裏に浮かび、啓の手が震え始める。


 死なないで。

 死なないで、一緒に帰るって言った。

 だから、こんなところで――


 すると、啓の後ろからため息が聞こえた。


「まったく、機械を勝手にいじっただろ。何人かオーバーヒートして、バグってるじゃないか」


 振り返ると、呆れた顔のあまねが來良を見下ろしていた。


「友人が倒せないからって、脳波の機械をいじったんだろ。 変にいじったせいで、何人かの職員のスピードとパワーがおかしいことになってる。それが暴走して、壁を何枚もぶち破ることになった――ってところか。本当に嫌になるね、これだから文系は」


 大きなため息をつきながら、あまねは人のかたまりを蹴った。


「起きたら弁償してもらわなきゃ。貯金と命でトントンかな」


 あまねは啓の方を向くと、大きく伸びをした。


「啓の記憶を変えるのも失敗したし、本当に散々だ。はぁ……一番大事な機械が壊れてないだけマシかな。ほら啓、行こうか」


 行動からして、あまねは怒りの感情をなんとか抑え込んでいるよう。


『――力で勝つな、頭で勝て』


 突然、來良の言葉が啓の脳内にリフレインした。


 ここで下手に怒らせるのは、悪手だ。

 取り乱すのだって、そう。


 心を殺せ。

 従順に従え。

 

 ――來良さんなら、そうするはずだ。


 啓は冷静さを取り戻す。

 一度だけ來良を見てから、あまねに大人しく従った。


 ◇   ◇   ◇


 來良たちが戦っていた場所と、ちょうど反対に位置する部屋。

 病院のような匂いのする場所に、啓とあまねはいた。


 他の部屋とは異なり、石膏ボードのような壁で囲まれた部屋。


 簡単に言うなら、小さめの保健室のような部屋だ。

 窓もなく、薄暗い。


 部屋の中央には、CTスキャンの機械に似た、ベッド型の機械。

 周りには多くのコードが伸びていた。


 啓は嫌な予感がして、じりじりと出入口に後ずさった。


「兄さん。なんでこんなところ、連れてきたの」

「はぁ……見当も付かないのかい。――やっぱり啓は馬鹿だねぇ」


 にや、と笑うと、あまねは何かのリモコンを持った。


「言っただろう、『啓の記憶を変えるのも失敗した』って」

「……まさかこの機械で、記憶を変えるなんて言わないよね」


 啓がベッド型の機械を指さすと、あまねは大きく頷いた。


「へぇ、珍しく・・・察しが良いね。そうだよ。正確には脳波をいじることで、記憶を操作するんだ。前の世界の機材を何とか再現出来て良かったよ」

「そんなこと、させると思う?」


 啓はゆっくりと、ホルスターから銃を抜いた。


「へぇ。人のかたまりに飛ばされてたのに、いつの間に回収したんだい。随分と手が早いじゃないか」

「……來良さんの教えだよ」

「あぁ、やっぱりムカつくなぁ! 吉良・・にも、啓にも!」


 あまねは身をよじると、部屋の隅に並べられていたメスを振りかざした。


 ――隙だらけだ。


 啓は怯むことなく、銃を構える。

 躊躇ためらわずにセーフティーを解除し、トリガーを引いた。


 カァン、と甲高い音が響く。

 銃弾を受けたメスは勢いよくあまねの後ろへと飛んで行き、壁に刺さった。


「……次は兄さんを狙う。死にたくなかったらこの部屋から出せ!」


 啓はあまねをきつく睨みつけた。


 部屋に静寂が流れる。

 ――それを破ったのは、あまねの笑い声だった。


「っ、可愛い。本っ当に可愛いねぇ、僕の妹は! 本当に馬鹿で、愛おしい!」


 ゆらりと、あまねは顔を上げる。

 その顔は高揚でうっすらと赤く染まっていた。


 笑みを浮かべたあまねが指を鳴らすと、部屋の照明が全て落ちた。


 部屋全体が暗闇に包まれる。


 ――たった一つ。

 闇に浮かび上がるものがあった。

 それは、ベッド型の機械に付いている、脳波計の画面・・・・・・


 あまねはベッド型の機械をゆっくりと撫でた。


「このベッドに人を固定させるのがどれだけ大変だと思う? 説得でも力づくでも、多大な労力には変わらない。そんな面倒、僕がするわけないじゃないか」


 笑いながら、あまねは指揮者のように右手を振った。

 その瞬間。

 壁全体に大きな波形が映し出された。モノクロな波が、絶えず動いている。


「この部屋自体が、脳波の測定器なのさ。すでに啓は脳波を計測されて、改変され始めている。もう全部――遅いんだよ!」


 呆気にとられる啓の視界に、身をよじらせて笑い続けるあまねの姿が映った。

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