第44話:絡繰【参】

 操り人形の糸が切れたように、職員たちが一斉に崩れ落ちた。


「こんなこともできない、って――」


 けいは倒れた職員たちを見た後、キッとあまねを睨みつけた。


「この職員たちに何をした!」

「――そうか、啓は説明しないと分からないよね」


 あまねはにこやかな笑みを浮かべる。

 それは――嘲笑だ。


「こっちに来ても変わらなくて安心したよ。可愛くて劣った・・・僕の妹」


 啓は体中の熱が、頭へ上っていくのを感じた。

 震える手で拳を握っていると、温かい手に包まれ、一本一本丁寧にほどかれる。

 啓が視線を向けると、そこでは來良きらが優しく手を握っていた。


「啓。ペースを乱されるな。――よく観察しろ」


 さとすような、しかし背筋が伸びるようなささやき。

 啓は怒りがすっと消えていくのを感じた。


 そうだ。

 目の前の人間を、しっかり見ろ。

 観察して――向き合え。


 心を静めながら、啓は目の前の人間をまっすぐに見つめる。

 ――啓の目からは光が消え、瞳孔は縦に長く伸びていく。


 目の前のあまねは、体こそは黑居くろいのもの。

 しかし中身は、元の世界と全く変わらない。


 誰にもひるまない、尊大な態度。

 何があっても怯えない、強い覚悟。

 常に啓を捉える、ドロドロとした視線。


 ――そして、嘲笑うように歪められた唇。

 それはゆっくりと開き、隙間から小さい息が吐き出された。


「はぁ……その男に説明されるのはしゃくだからね。僕が説明してあげるよ」


 あまねは後ろを向くと、大きく伸びをした。


 ――これは、怒りや焦りを抑える時のクセ。

 やはり中身は「兄」なのだ。


 煽られても、啓はあまねを冷静に観察を続けた。


「僕たちは『脳波』だけでこの時代に移動した。つまり『脳波』を飛ばしたり受け取ったりする技術があるってことだ」


 あまねは小さくため息をつく。

 何度目かのため息も、あまねのクセ。


 ――暴力をふるう前は、ため息が増える。

 ――動きに、注意しないと。


 啓はさらに集中を高め、目の前の男を観察した。


「ある人の『脳波』を測定し、保存しておく。それを他人に脳波を受信させれば、疑似的に人間を複製することができるんだよ」


  あまねは、転がっていた仮面を踏みつけた。


「その実験に使ったある人が、王寺おうじ幽蘭ゆうらん――あぁ、啓の前では姬宮ひめみや蘭子、だったっけね。あの子は優秀なコマだったよ。人と少し違う形の脳波を持っていたおかげで、こんなにも複製できた」


 演技じみた動きで、あまねが両手を上げる。


「顔はどうやって似せたのか、って思うだろう! 僕の仲間に優秀な外科医がいるからね、彼にやってもらっただけさ。あぁ、彼はもう帰ってしまったけど」


 あまねは「くく」と笑うと、急に真剣な表情を浮かべた。


 ――感情のない、顔。

 ――この顔をしたら、まずい。


 啓の心が危険信号を鳴らす。

 あまねの一挙手一投足にじっと目を凝らした。


 ――何をするか、分からない。


 感情のないあまねの目は、まっすぐに來良を捉えた。


吉良・・くん……全部分かってたみたいな目をするじゃないか。……ずっと冷静でいられるのも、しゃくに障る。仕方ない、君には彼に遊んでもらおうかな」


 あまねがパチリと指を鳴らす。


 柱の陰から、黑居の体よりも背の高い男が現れた。

 センター分けの黒髪。

 真っ黒な瞳。

 真っ黒なスーツ。

 ――その胸ポケットには、政府の役人を示すバッジが付いていた。


 來良に関係する人なのだろうか。


 事態を飲めこめないまま、啓は來良を見る。

 そこには、息を荒くした來良が立っていた。


「おいおい、アマネ。……お前は悪趣味どころじゃねぇ、最悪だ」

「ひどい言いようだね。体を治して、脳波も戻してあげたのはこの僕だよ? ――彼は僕の所有物ものだ」


 來良は唇を噛みながら、目の前の大男に銃を向ける。

 銃を握る手は珍しく、目に見えるほど震えていた。


「……体も脳も、お前のじゃねぇ……丹羽にわの、もんだ……!」


 地を這うような、來良の声が響く。


「こっちに飛ばされたまま死んだ――俺の仲間ダチのもんだよ!」


 今までに見たことがないほど、來良の顔はひどく歪んでいた。

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