第30話:對立【肆】

 黑居くろいが、軍警に引き渡されるまでの間。


 來良きらの計らいで、けいと黑居は二人きりで車両の中にいた。

 黑居の両腕は縛られていたが。


 汽車は止まっており、車両は重い静寂に満ちている。


 無言のまま、二人は向かい合っていた。

 啓はふと俱樂部クラブの部室を思い出して、胸が苦しくなった。


 うなだれた黑居は、ゆっくりと口を開いた。


「……なぁ、啓」


 黑居は、ぽつりぽつりと言葉を紡いでいく。


「爆破の計画者はオレやない――って言ったやんか」

「……教えてくれるの」

「どうせ軍警の拷問送りなんや。自分を殺すのも失敗したし……未練はもうあらへん。――兄さんに会いに行けるんやったら、話したのがバレて殺されても、もうどうでもええわ」


 少し投げやりな言葉。

 啓はそれに眉をひそめながら、耳を傾けた。


「爆破の計画者の本名も顔も知らん。けどな、手紙ではイチイって名乗ってん」

「イチイ……」


 初めて聞いたその名前。啓は噛み締めるように呟いた。

 黑居はふと立ち上がると、風に飛ばされて部屋の隅に固まっていた写真を踏んだ。


「この写真もらうために、一回だけ会った。声からして男やったわ」


 そして「これ、早ぅ燃やしときや」と言って、啓のもとへ戻ってきた。


「――正直、伝えられんのはこれくらいや。写真を撮った奴やら、関係者やらはよぉ知らん。でもとにかく、お前がここにいることを教えたのもイチイやで」


 ため息をつきながら、黑居は座り込む。

 長い両足を投げ出した。


「……もうこれっきりやろうしな、ぜーんぶ言ってしまうわ。オレはラヂオ塔の話聞くまで、お前のことが――好きやった」


 あまりに突然の話。

 啓は驚きのあまり固まってしまった。

 静寂がいたたまれなくなって、啓はなんとか口を開く。


「そっ、れは……? 友達として……?」

「違う。性別とか関係なしに、好きやったんや」

「……でっ、でも! いつも蘭子さんのところに行きたがってたじゃないか!」

「あれは……自分と仲良い蘭子ちゃんに、色々教えてもらおうと思ったんや。啓の好きなもんとか――ああもう! 恥ずかしいから止めれ!」


 黑居は一気に顔を赤らめた。

 そのあまりにも分かりやすい様子に、啓は「ええ……」と言葉を失う。


「元々は、蘭子ちゃんと仲良い自分に嫉妬してたはずなんや。でも途中から、蘭子ちゃんに嫉妬してんのか、自分に嫉妬してんのか、よぉ分からんようになったんや」


 なんと返せばいいだろう。

 啓は真っ白になった頭をなんとか回そうとしていた。


 黑居はふ、と笑顔を見せた。


「啓は、蘭子ちゃんか――もしかしてあのええかっこしいの、キラとか言う軍人が好きなんか?」

「ンェッ!?」


 啓はとうとう、声をひっくり返した。


「どっ、どこで來良さんと会ったの……」

「病院に運んでくれたお礼を言いに行った時に、少しだけやけど話したわ。すんごいタバコのみ・・・・・なんやな」

「……そうだね。いつも吸ってるよ」


 すると黑居は、大きくため息をついた。


「あんなかっこよくて、大人で、地位もある。そんな奴に勝てる気は全くせぇへん。だから大人しく諦められた。未練無くしてくれて、むしろありがたいってやっちゃな」


 その言葉を最後に会話が途切れた。


 啓は立ち上がり、部屋の隅の写真を燃やす。

 灰は展望室から外へと流れ出て行く。

 啓と黑居は、ただ静かにそれを見送った。


 ちょうど灰がすべて散ったとき。

 勢いよく扉が開き、軍警が数人なだれ込んできた。

 黑居は軍警に囲まれ、無理やり立たされて後ろを向いた。

 啓は見ていられず、思わず俯いた。


「なぁ……ケー坊・・・


 その呼び名に、啓ははじかれるように顔を上げた。


「自分が何を目指してるのか。奴は知ってる風やったが、オレは知らん。やけどな――地獄に来たら、そん時は盛大に歓迎したるで」

「もしかして俺のこと、地獄行きだと思ってんの」


 黑居はハッと鼻で笑い飛ばした。


「まさかこの機に及んで、天国行きたいとか抜かすんとちゃうやろな?」

「……それもそうだね」


 啓は銃の重みでたわむ、ホルスターを見た。

 口を引き結んで顔を上げると、黑居はそれぞれの腕を軍警に掴まれながら、啓の方を振り返っていた。

 その顔には、柔らかな笑みを浮かんでいた。


「ほな、地獄の入口で待ってんで。さいならや」

「……さよなら、シロ」


 黑居は振り返ることもなく、その姿がどんどんと小さくなっていく。

 見送る啓の頬に、一筋の雫が伝った。


 ◇   ◇   ◇


 次の日。


 啓は來良の部屋にこもり、本を読んでいた。

 すると珍しく、仕事を中抜けしてきた來良が部屋に入ってきた。


 啓に一枚の紙を渡す。

 そこには『報告書』と載っていた。それ以外の文字は走り書きで読みづらい。


「――さっき、黑居くろい誠士郎せいしろうへの尋問が終わったらしい。体力があったからだろうな、特に怪我もなくそのまま収監になったそうだ。ちょっとだけ口利きしてみたんだが、そのおかげか懲役も短くなるそうだ。あと五年もすれば出られるだろう」


 啓は、心のつかえが取れるような気持ちになった。

 思わず報告書を握りしめていた。


「來良さん、ありがとうございます……」


 來良は啓の肩をポンポンと叩く。


「良かったな。……ハハ、そんなに泣くなよ」


 來良の声で、啓は自分が泣いていることに気が付いた。

 慌てて目元を拭うが、次々と雫がこぼれていく。


「ごっ、ごめんなさい……でも、拷問されて死んじゃわないか、ずっと、心配で――」

「そうかそうか。ちなみに収監先も、俺と面識のある刑務官がいる場所だ。そいつが担当になったそうだから、ひどい仕打ちも受けないはずだ。あとあの収監先は珍しく軍とのコネがある場所だからな。コミュニケーション能力が高いあいつなら、出所後もコネでなんとかやっていけるだろう」


 來良は軍帽を深くかぶりなおした。


「ま、これでひと段落だな。――俺たちは俺たちの任務を全うするぞ」


 啓は勢いよく目元を拭う。

 來良をまっすぐに見据え、大きく頷いた。

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