第29話:對立【参】
煙が風に流されていく。
その間も、
「……そういや、病院以来やな」
「そう、だね」
黑居は片頬を上げて笑った。
前髪が影を作り、それ以外の表情は読み取れない。
「……正直あん時のこと、あんま覚えてへん。やけどな、これだけはハッキリと聞いた――あんたが、ラヂオ塔爆破の主犯なんやろ」
その言葉で、啓はひゅっと喉を鳴らした。
まるで周りの空気を奪われたよう。
浅い呼吸を繰り返す。
黑居は銃を構えたまま、ポケットから何かを取り出した。
それを勢いよく床に叩きつける。
啓は恐る恐る、床に視線を向けた。
散らばったのは、モノクロの写真。
そこには、啓が塔に入っていく姿や、飛び降りる姿。
他にもどうやって撮ったのだろうか、上階で啓が火薬を仕掛けている姿も映っていた。
「……主犯やって知った日から、ずっと証拠を集めてたんや。そしたらな、こんなに写真が出てきた。
口調は軽い。
しかし、あの時とは全く違う。
冷たくて突き放すような声音だった。
「確かに、ラヂオ塔を燃やしたのは俺だよ、あの時の職員がシロのお兄さんなのは、後から知った」
啓は、ゆっくりと顔を上げる。
黑居をまっすぐに見据えた。
「俺は、君のお兄さんを逃がした! ラヂオ塔の事故で負った
「黙れ!」
黑居は顔を上げて再び銃を構えた。
「あんたが兄さんを殺したんは変わらへん!!!」
黑居の翡翠のような瞳から、一粒の涙が零れ落ちた。
啓は唇を強く噛んだあと、口を開いた。
「シロ、聞いて。あれは――」
「名前を気安く呼ぶな、殺人犯! もう全部知ってんねん!
黑居の指が、トリガーにかかる。
迷いのない目に、啓は眉根を寄せた。
「もう、わかった。君に誤解を解く気がないことが」
啓は渋々、ホルスターから銃を取り出した。
「それなら……話しても、時間の無駄だ……!」
揺れる床を勢いよく踏んで飛び出す。
いつもより踏ん張りがつかず、スピードは出ない。
しかしなだれ込むように黑居の懐に入り込むことができた。
勢いを殺さないまま重心を右に寄せて、右の拳を突き出した。
ガチリ、と硬い感触。
黑居は銃の持ち手で拳を防いでいた。
やっぱり黑居は反応速度が良い。
啓は舌を巻いた。
「……さすがだね」
「それはこっちの台詞や。ポマーの事件を捜査してた時の、どんくさいのは演技やったんやろ」
「あれは本当。……でも、現役軍人に鍛えてもらってるんだ。伸びは早いよ」
「それは、ズルってやつやわ!」
黑居が右手を振りかぶる。
「ガラ空きや!」
一瞬で啓よりも低い位置に屈んだ黑居が、アッパーを繰り出そうとする。
しかしそれを読んでいた啓は、黑居を真似るように銃の持ち手で防ぐ。
勢いのまま後ろに飛んで距離を取る。
見合って、静寂が流れる。
それを破ったのは、啓の方だった。
「君の計画は……汽車を爆発させて、脱線させるんでしょ」
「そうやで。ようわかったな」
「狙いは?」
「知らん。爆破の計画者は俺やないからな。でも、あんたが来るっちゅー話やったから、主導権をもらったんや」
「そう……。でも俺を殺したくて、こんなことしたら、乗客も、君だって――」
「そんなん決まってるやろ!」
黑居はダンッと床を鳴らした。
「あんたを殺して、オレも死ぬ。これが兄さんへの手向けや!」
それからも二人は、肉弾戦を続ける。
殴る、蹴る、守る、距離を取るの連続。
啓は小柄な分、身軽に動き回る。
黑居は大柄な分、体格を活かした大ぶりな動きをした。
しかし互いに「友人だった」という心があるからだろうか。
銃を抜きながらも、結局撃つことはないまま応戦していた。
◇ ◇ ◇
しばらく経った頃、互いに息が上がってきた。
そろそろ決めどきだろうかと、啓はドアの向こうをちらりと見た。
そこにはうっすらと、人影が写った気がした。
距離を取り、同時に床を蹴る。
啓の低い回し蹴りを、飛んで交わした黑居。
反射速度は互角――いや、黑居の方が上だ。
やっぱり、このまま戦っていても
啓は体勢を整えないまま、勢いを殺さずに黑居の服を引っ掴む。
さすがに意表を突かれたのだろう。
一瞬視界に映った黑居は、目を丸くしていた。
受け身もろくに取れないまま、黑居を巻き込んだ啓は床へと倒れ込む。
ごろりと転がると、車両奥の本棚に当たった。
最上段の数冊がバサバサと降ってくる。
運良く、分厚い本が黑居の右腕に当たった。
痛みからか、黑居の銃を握った手が緩んだ。
「見逃すもんかよ!」
間髪入れず、啓は銃を手で弾き飛ばした。
すると背を向けた方から、扉が蹴り倒される音がした。
啓はゆっくりと振り返る。
そこには上司や部下を連れた
握られた銃は、黑居の頭に向いていた。
「動くなよ。動いたら撃つ」
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