第28話:對立【弐】

 見回りは、静かに進んでいく。


 一号車から七号車へと移動する計画だった。

 最初に立ち止ったのは、三号車。

 生徒たちの眠る部屋が並ぶ車両だった。


 修学旅行のような気持ちで来ている生徒たちもいるのだろう。

 消灯時間を過ぎても、騒いでいる部屋があった。


 來良きらが扉を開けると、それだけで彼らは静まった。


 けいが初めて來良に会った時と同じ。

 ――あの瞳に睨まれると、固まってしまうのだろう、と。


 啓は少し微笑ましい気持ちになりながら、來良の後に続いた。


 それからも次々と部屋を覗く。

 三号車最後の部屋を覗き込んだ來良が、啓を手招いた。


「……啓、いいか」


 來良と同じように、啓も部屋の中を覗く。

 そこは、もぬけの殻だった。


「ここに割り当てられた生徒がいるはずだ。部屋の木札も確認したが、黒塗りされていた」

「じゃあ……トイレとかではなさそうですね」


 來良は静かに部屋の扉を閉めた。


「……使用された形跡のある布団は二つ。つまり少なくとも二人がこの列車内で何かしらをしているだろう」

「それなら、手分けして探したほうが効率的だとは思うんですが――」


 啓は唇を噛みながら、自らの腹を撫でる。

 そんな啓の肩に、來良は腕を回した。


「約束したろ。一緒に行くぞ」

「――はい!」


 二人は銃を構えながら、真っ暗な廊下を静かに歩き出した。


 食堂室と呼ばれる五号車に入り込んだところで、後ろからガチャリと鍵の閉まる音がした。


「ハッ……自らお出迎えとは、随分と強気だな」


 二人で合わせたように、銃を構える。


 ドアの前には、可哀想になるほど震えている少年が立っていた。

 軍服を着てはいるが、サイズが全く合っていない。啓と同じ潜入者・・・だろう。


「両手を挙げろ」


 地を這うような來良の声が、部屋を揺らす。

 その声に操られるかのように、少年は震える両手をゆっくりと上げた。


「いい子だ。そのまま手を頭の後ろで組め」


 少年は目を潤ませながら、來良の指示に従った。

 來良は、常に啓の半歩前の位置をキープしていた。


「どうして鍵を閉めた?」


 少年は震えてしまって、口がきけないのだろう。

 歯のガチガチと鳴る音だけが、静寂にこだました。

 來良は一度ため息をついた後、大きく息を吸った。


「言え。言わなければ撃つ。お前のせいでどれだけの人間が死ぬと思ってる!」


 怒気を含んだ声に、啓はわずかに肩を揺らした。

 容赦のない來良の問い詰めに、ついに目の前の少年は、はらはらと涙をこぼした。


「ぼっ、ぼくは……奴隷でっ……ご主人に、言われて……っ! ただ、この……時間にっ、こうしろって……っ!」

「軍人がそんな話にはいはい・・・・と頷くと思うか?」


 來良は少年に再び銃を突きつけた。

 その銃口は、少年の額にピタリとくっついていた。


「時間がない。お前の知ってることすべて話せ。秒以内に話さないなら、物言わぬ死体にしても一緒だろ。――」


 かちり。

 銃のセーフティーが外れた音が響く。


「壱」


 引き金に指がかかる音がする。


ゼロ


 パンッ!

 乾いた音が響く。震える少年は、抵抗することもなく額を撃ち抜かれた。少年だったもの・・・・・は、力をなくしてずるずると座り込む。

 真っ赤な血が、鍵の閉められた扉に線を描いていた。


「――行くぞ」


 返り血を拭いながら、來良は死体と逆方向に歩き出す。

 すれ違いざまに見えたその顔は――今にも泣きそうな子供のようだった。


 啓は思い知った。

 來良はこうやって、心を殺して、手を汚して、帰路を探してきたんだと。


 銃を握る手に力が入る。

 この少年のためにも――來良のためにも、絶対に主犯を見つけなければ、と。


「聞き出せなかったからな。次の車両も気を付けて進むぞ」

「……はい」


 二人は慎重な足取りで、六号車へと入った。

 そこには今までよりも大きな部屋が並んでいた。來良よりも位の高い軍人たちが寝ている部屋らしい。


 啓は來良の死角である斜め左に意識を向けながら、進んでいく。


 この車両で、怪しい動きはない。

 つまり犯人は――次の七号車にいる。


 來良が七号車の扉に手を掛けた――時。

 啓の視界の左側に、何かキラリと光るものが映った。

 ――來良からは、確実に死角だ。


「伏せろ!」


 出会った日のように、啓は声を上げた。


 次の瞬間――パリンと音を立て、二人の左側の窓が割れる。

 どこからか投げ込まれたのは、筒型の爆弾。

 來良は流れるようにジャケットを脱ぎ、その筒を包んで外へ放り投げた。


 遠く後ろの方で、大きな爆発音がする。


「啓、怪我はないか」

「はい。大丈夫です」

「七号車に人影が見えた。犯人のはずだ、行くぞ」


 啓が立ち上がった、その瞬間。

 爆発物から離れるためだろう。

 汽笛を鳴らした汽車が、一気に速度を上げた。


 來良は膝をついており、少し移動するだけで済んだ。

 しかしすでに立ってしまっていた啓は、体勢を崩す。勢いのまま七号車の扉へと吸い込まれた。


「啓!」


 來良が手を伸ばしたが、啓はそれを掴み損ねる。

 啓は転がり込むように、半開きになった七号車の床に叩きつけられた。


 ガチャリ、と音を立てて扉に鍵がかかった。


 七号車は生徒たちの噂通り、奥が展望デッキになっていた。

 そこから爆発の煙が入り込み、白く煙っている。


 啓が背中をさすりながら立ち上がると、煙の向こうに見覚えのあるシルエットが浮かんでいるのが見えた。


「……どう、して」


 心臓がどんどん速くなっていく。息苦しい。

 煙が薄くなっていき、緊張の糸がさらに張られていく。


 嘘だ。

 信じたくない。

 心はそう叫んでいるのに、啓は見覚えのあるシルエットに釘付けになる。


 うるさいほど聞こえていた走行音が、小さくなっていく。


「会いたかったで、


 煙の向こうには、銃を構えた黑居くろいが立っていた。

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