第6章 犯行計畫編
第27話:對立【壱】
列車の脱線計画の阻止。
今までよりも、かなり危険度の高い任務だ。
啓は、陸軍士官学校の生徒にまぎれて列車に乗る。
ここまでは別行動だ。
來良に宛がわれた個室で合流。
朝と昼は休み、夜に動き始める。
地道に一部屋一部屋に聞き耳を立て、犯人を捜す。
そこで、関係者を一気に捕まえる計画だ。
いつも通りタバコの匂いが立ち込める部屋で、啓は着替えていた。
初めて腕を通した、來良と揃いの軍服は動きづらい。
軍帽も、学帽よりも重くて気になった。
啓はぎこちない動きをしながら、カモフラージュ用の空のトランクを抱えて駅のホームに向かった。
駅のホームにはすでに、揃いの軍服を着た青少年たちが並んでいた。
胸にバッジが付いていないため、彼らが士官学校の生徒だろう。
啓もその後ろにひっそりと紛れた。
しばらくすると、遠くからざわめきが聞こえる。
ぞろぞろと道を開けるように、生徒たちが移動していく。
その波にのまれながら、啓もホームの隅へと移動した。
「來良少佐
誰かの声のあと、堂々とした來良が現れた。
少しだけ違う雰囲気をまとっていた。
真剣な眼差し。
それは啓がこの世界にやって来た日に見たものだった。
冷たく、目の前の相手を射抜くような――軍人としての目。
啓はその目に、つい吸い込まれてしまった。
「訓練だが、実務だと思って励めよ」
「はっ!」
生徒たちが一斉に敬礼をする。
啓は浮かないよう、見よう見まねでその敬礼をした。
その直後。
タイミングよく鐘が鳴って、ホームに黒い汽車が滑り込んでくる。
汽車が吐いた黒煙は、風に吹かれて遠くへと流れていった。
軍服の生徒たちは、汽車の中に続々と吸い込まれていく。
啓も列に紛れ、車内へと足を踏み入れた。
そこは高級なホテルのようだった。
木製の扉に仕切られ、部屋のようになった寝台。
将来有望な軍人の候補生たちが乗るからだろうか、出迎えるような真っ赤な
廊下を進んでいると、周りのひそひそ声が耳に入ってくる。
どうやら一番奥の列車には展望室があり、そこには書斎のようなものもあるらしい。
あまりの好待遇に、啓はクラクラした。
物珍しさにきょろきょろとしながら歩いていると、誰かがその腕を引っ張った。
強い力に、啓はなすすべなく引っ張られる。
そのまま個室へと引きずり込まれた。
「ハハ、珍しいって顔にかいてあんぞ。たしかにこんな汽車、元の世界じゃ乗る機会なんざねぇからな」
「っ、來良さんでしたか」
そこにはすっかりと表情をやわらげた來良が、寝台に座っていた。
啓はほっと息をついて、來良の隣に座った。
「……汽車に乗ったの自体初めてです」
「そうだよなぁ。……そういや啓、傷の具合はどうだ?」
「大丈夫です。痛み止めも効いているみたいで」
すると來良の手が、啓の脇腹へと伸びた。
傷のある場所を優しく撫でた。くすぐったくて、啓は思わず息を漏らした。
「――っ、痛くないなら良かった。……だが、ここに傷があることは絶対に忘れるな。それが命取りになることもある」
「はい!」
ぴしりとした声音に、啓は無意識にハッキリとした返事をした。
「おうおう、すっかり士官学校生みたいになっちまって。軍服も適当に見繕ったが、よく似合ってんじゃねぇか」
「來良さんほどじゃないですよ」
「俺はもう、三年は着てるからな」
――三年。
つまり來良はこの世界で、三年過ごしているのだろう。
初めて聞いた來良の話。
啓は、そういえば來良のことをほとんど知らないと気付いた。
どうやってこの世界に来たのか。
転移を解明した人と、どうやって出会ったのか。
その間に、どんな出会いと別れがあったのか――。
ふと、病院での縋り付くような声が、啓の頭にリフレインした。
一点を見つめて考え事をしていたのが気になったのか、來良は啓の肩を叩いた。
「大丈夫か?」
「あ、はい。來良さんって、もう三年もこの世界にいるんだなって思って……」
「そういえば、言ったことなかったな。正確には三年と半年だ。――俺の経歴なんざ、興味あるか?」
「よければ、ぜひ」
「そうか。じゃあ任務が落ち着いたら話してやるよ」
少しだけ弾んだ声。
來良は笑みを浮かべながらタバコを取り出した。
來良が窓を開けると、大きな走行音が勢いよく耳をつんざいた。
「病み上がりだし、昼まで休むか? うるさかったら窓も閉めるが」
「大丈夫です」
そう言いながら、啓は軍服を脱ぎ、壁へと掛けた。
硬い寝台に横になると、すぐに眠気が襲ってくる。
啓は夢の世界へと、いざなわれていくのだった。
◇ ◇ ◇
幼い啓は、リビングから聞こえる声で目を覚ました。
何事だろうかとリビングへと向かう。
扉の間から覗き込むと、そこには怒りで顔を赤らめた父と、対照的に顔を青ざめた母が立っていた。
「谷縣の血筋は皆、偉大なる医学者になってきた。それはお前も知っていただろう!」
「はい……」
「これだけ補習や塾に行かせておいて、どうして学年一位が取れない!? お前のせいで谷縣の血筋に汚点ができる! どう責任を取るって言うんだ!?」
勢いよくテーブルが叩かれる。
上に置かれていた、ガラスの花瓶が倒れて床に落ちる。
パリン、と甲高い音が鳴った。
あの花瓶は母のお気に入りだったはずなのに。
啓はそう思いながら、ガラス片になってしまったそれを眺めていた。
しばらく父の怒鳴り声は続いたが、母が何も言わないからだろう、しまいには呆れて部屋を出て行った。
啓は廊下の奥に逃げることで、なんとか姿を見られることはなかった。
再び部屋を覗き込むと、花瓶の欠片を握りしめて唇を噛み締める母の姿があった。
「私……どこで育て方を間違えたのかしら…………あの子さえ……あの子さえ生まれなければ……っ!」
啓は心に大きな穴が空いたような気持ちになった。
空いた穴から黒くてどろどろとしたものが湧き出し、全身に回っていく。
四肢から力が抜けていき、床に倒れ込みたくなる。
すると突然、目の前が暗くなる。
温かい手が、啓の視界を塞いでいた。
「見ちゃダメだ、啓」
「お、にいちゃ――」
「大丈夫。僕が守ってあげるから……」
あの日から、兄はおかしくなってしまった。
遠い記憶をなぞる、夢。
眠る啓の頬には一筋の涙が伝った。
その雫を拭った人がいたことは、來良以外、誰も知らない。
◇ ◇ ◇
「……きろ、起きろ」
すっかり聞きなじんだ低音で、啓の意識は引き上げられた。
ゆっくりと目を開くと、白いワイシャツと前髪のメッシュが月の光でキラキラと輝いていた。
「起きたか、
「っ! あ、はい……おはようございます」
「おう、おはようさん」
啓は勢いよく上体を起こす。
いつぞやのような会話に、二人で顔を見合わせて笑った。
「うなされてたが大丈夫そうか?」
「……ちょっと、変な夢を見て。センチメンタルな気持ちになりました」
「そうか、まぁ……あまり無理はするな」
來良は壁にかかっていた二着の軍服を手に取る。
小さいほうを、啓に投げ渡した。
「そろそろ消灯だ。見回り役をもらったから、怪しまれることもないが――行けるか?」
「はい。行きます」
そう言って、二人は軍服に袖を通した。
ホルスターを開けて銃を確認すると、軍帽を目深に被った。
「――任務、開始だ」
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