番外編 ―1920―
閑話休題:來良の休日
目的地は、この地域に一つだけある寺。
吸殻を携帯灰皿代わりの箱に押し入れると、來良は門の敷居をまたいだ。
砂利が敷かれた敷地内。
境内の脇に建てられた、木造の小屋の扉をこぎみ良く叩く。
少しして、
「來良くんかい。……精が出るね」
「おう爺さん。元気そうで何よりだ」
軽く世間話をした後、借りた
重くなった桶と仏花を抱え、斜面を登った。
しばらく歩いた先で、來良は荷物をどかりと置いた。
そこには、名前の彫られていない墓石が建っている。
「
その声は、風に吹かれる草木の音で消えていった。
二年前。
來良の大学の同期で、友人。
そしてこの世界で
日々心をすり減らしていた來良は、たまたま入ったカフェーでこの寺の住職と出会った。
自覚はなかったが、かなりやつれていたのだろう。
來良を見かねた住職が、根掘り葉掘りと聞いてきた。
その結果、
骨すらも残らなかった
――ただの、生者の気休め。
それでも、來良にとっては救いだった。
初めは
封の開いた食べ物を供えて、住職に怒られたこともある。
「……すっかり、手慣れちまったな」
そうひとりごちて、來良は汗を拭った。
綺麗に磨かれた墓石が、陽の光で
來良は墓石の前に屈み、タバコを一本取り出した。
ライターを点けようとしたが、カチリと音がするだけで、火が点かない。
どうもオイル切れのようだ。
來良は頭を掻きながら、マッチを擦った。
独特な香りが、あたりを包んでいく。
燃え盛るマッチの先端を、新品のタバコに近づけた。
タバコはオレンジ色に染まり、はらはらと灰になっていった。
それを見ながら燃えるマッチを水桶に投げ入れると、じゅ、と火の消える音がした。
風に吹かれたタバコの煙が、勢いよく空へのぼって行く。
線香代わりの、手向け。
吸わずに一本燃やしてしまうのが、來良にとっての「お供え」だった。
タバコが半分ほど燃えた時。
來良はゆっくりと口を開いた。
「なぁ
少しの静寂の後、來良はぐっとこぶしを握った。
「……次は絶対に、守り抜く」
來良はふっと真剣な顔を崩すと、墓石を見上げた。
「俺よりも先に、お前に会いに行かれちゃ困る。お前が面白がって、俺のあることないこと吹聴しそうだ」
來良は灰皿を取り出すと、燃えかけのタバコを押し入れた。
「仲間になった奴――
よっと言いながら、來良は立ち上がる。
落ちたタバコの灰を足で散らした。
「そういやお前の制服、ちょっと借りるぜ。じゃあ次は一か月後。――帰れてなかったら、ここに来る」
そう言い残し、來良は桶を持って
タバコの香りだけが、あたりを包んでいた。
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