第8話:孤兒【弐】

 ナイフを持った少年。

 音もなく、來良きらは銃を構えていた。


「もう一遍いっぺん言ってみろ」

「――僕は、貴方たちを殺しに来ました」

「そうか。じゃあ死んでもらおうか」


 銃口を向ける音が鳴り、けいは我に返る。

 慌ててランタンを地面に置き、少年に歩み寄る。小さい体を抱きしめた。


「だ、ダメです!」

「離れろ。そいつがナイフを持ってんの見ただろうが!」


 來良は銃を強く握る。

 カチリと音が鳴った。


 ――セーフティーが解除された、音。

 啓は震えながらも少年を強く抱きしめる。


「で、でもダメです!」

「こいつのせいで、ここにいる孤児が何人死ぬと思ってる」

「それでもダメです! ……爆弾の場所が分からなくなるじゃないですか!」


 啓の腕の中にいる少年が、朗らかな笑い声を上げた。


「なぁんだ、優しい人かと思ったのに!」


 少年は、來良をまっすぐに見据えた。


「爆弾は廊下の奥のトイレの天井裏。爆発まであと十五分しかないから、頑張ってねぇ」

「チッ。……啓。悪いが、お前はそのクソガキ足止めしといてくれ」


 そう言い残し、來良は早歩きでトイレの方へと向かった。

 少年を抱きしめたまま、啓は廊下に取り残される。


 呆気にとられる啓の頬を、少年がツンツンとつついた。


「ねぇねぇ、僕と遊んでくれるの?」

「……この時代は、トイレって言わないって本で読んだけど」

「そうだよ。でもそれが通じるお兄さんたちも、そういうこと・・・・・・でしょ」

「はぁ……とりあえず、ナイフを捨ててくれる?」

「うーん、しょーがないなぁ……と言うとでも思った?」


 嘲笑うような声音に、啓は慌てて飛びのく。


 少年の持つ刃が、ぬいぐるみの腹を貫通していた。

 啓の手のひらに、わずかに赤い血が滲む。


「何のつもりだ」

「まずは殺しやすい人から取り掛かるのが定石でしょ。ウォーミングアップってところかな」


 そう言って、少年は勢いよく床を蹴る。一瞬で間が詰まる。


「っ!」


 啓は顔を庇うように、無意識に腕を出す。

 チク、と痛みが走る。

 腕を見ると、袖が切れて赤い線が走っていた。


 それからも少年は何度も飛び掛かり、啓に小さい傷を増やしていく。


「何もできないって気づいたんなら、早く逃げるか死んでくれない? せっかく作った爆弾、あの脳筋バカに壊されちゃうじゃん」


 しかしその言葉は、啓の耳をすり抜けていく。

 瞬きが少なくなり――自分だけの世界に落ちていく。


 腕の痛みが遠のき、少年の動きがゆっくりに見える。


「この年齢の握力じゃ、ナイフを心臓まで届かせるのは難しい。見ろ――足だ。どうする、足を狙うなら右の方が、いやもっと正確に、右、右側面、膝の皿の下のあたり――」

「ねぇ、何ブツブツ呟いてんの。気持ち悪いよ」


 べぇ、と少年が舌を出した。


 啓は全く動じない。

 眉をひそめた少年が再び床を蹴って、飛び上がった。


「今だ」


 啓は地面に倒れこむように、体を低くする。

 そのまま右手を伸ばした。

 掴んだのは、少年の右足。勢いよく地面へ引っ張った。


「わっ!」


 少年は一気にバランスを崩し、膝をつく。

 わずかに力が緩んだ右手を掴み、ナイフをもぎ取った。


 形勢逆転。


 啓は倒れ込んだ少年を組み敷き、細い首にナイフをてがった。


「まだ、遊ぶ?」

「降参! こうさ~ん!」


 少年は両手を広げ、大の字になって力を抜く。

 降参とは言うものの、啓に怯む様子は微塵もなかった。


「ね~何その観察眼。どうして僕の重心が寄ってるの、分かったのさ」

「……姿勢、かな」

「気持ち悪っ。令和で何して生きてたの」


 啓はナイフを遠くに投げようとしたが、あの男・・・も球技は苦手だったなと思い直し、深々と床に突き立てた。


「――昔から、超えたい人がいたんだ。その人の一挙手一投足を見て、どうすれば良い結果が出るのかを勉強してたからかな」

「なにそれ。やっぱり気持ち悪い」

「……減らず口は塞いでもいいかな」

「ごめんなさぁい」


 心の籠っていない謝罪を無視しながら、啓は少年の両手をベルトで縛った。

 その間、少年はむすっと頬を膨らませていた。


「ねぇねぇ、あの爆弾、映画通りに頑張って作ったのに。あの脳筋に壊されるのを指くわえて待てって言うの?」

「……暇だし、話でもしようか」


 ため息交じりに、啓は言葉を吐く。

 すると少年は水を得た魚のように、目をキラキラと輝かせ始めた。


「え! じゃあねぇ、何が知りたい? 僕の正体、それとも動機? あとは――爆弾の作り方、とか?」

「全部、かな」


 億劫な気持ちを隠さず、啓はぶっきらぼうに答えた。


 少年はゆっくりと立ち上がる。

 背中側にある窓から、月明かりが後光のように差した。


「じゃあ正体からね。僕の正体はぁ……ジャーン! 令和の神童、天才子役、櫻庭さくらば友太ゆうた! どう? 驚いた?」

「……ごめん、知らない」


 えぇ~~~!?と、大きな叫び声が廊下にこだました。


「演技も抜群、頭も抜群。ドラマの子役も、バラエティも、クイズ番組も、テレビは僕で持ち切り。さらにはニュースのコメンテーターにだって呼ばれるくらいの才色兼備! 僕に芸能の道を進ませるか、研究の道を進ませるかで討論会が開かれるくらいだったんだけど!」

「ご、ごめん。テレビ禁止だったから」

「も、もしかしてSNSも……?」


 啓は頷いた。

 友太はへなへなと、床の上へくずおれた。


「そんなぁ……もっと驚いて、尊敬されて、サインとかねだられると思ってたのに……」

「期待に沿えなくて悪かったよ……それで、正体は以上かな」

「んもう! 年齢は九歳。身分はおつ。以上!」


 友太はぷくりと両頬を膨らませた。

 友太のペースに合わせると、何だか疲れる。


 啓は、ゆっくりと友太に腕を伸ばした。

 膨らんだ頬を勢いよく手で挟む。ぷふぅ、と気の抜けた音が響いた。


 口を尖らせながら、友太は啓の方を見た。


「ねぇねぇ、じゃあ代わりに僕にも貴方の正体を教えてよ――お姉さん・・・・

「えっ」


 心臓を鷲づかみにされたような、冷や水を掛けられたような、気持ち。

 鼓動がどんどん早くなっていく。


 ――どこで、バレた。


 動揺した啓がよろめくと、足元にあったランタンが倒れる。

 カランカランと大きな音が、廊下に響いた。

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