第七部2
「おい、エステル――」
「ねぇ、キスして。ニコチンの味は嫌い」
しおらしくキスをねだられて怒る気はなくなった。
ジャンは黒髪を撫でた。
灰色の瞳に見上げられると情欲をそそられた。
裸体を抱き寄せて柔らかな唇にキスする。
女らしい細い手を取り、指を絡め合う。
唇が離れて、エステルは左手の薬指に違和感を感じた。
「ジャン、これ……」
左手の薬指にはまっていたのは銀色の指輪だった。
婚約指輪だ。
「ぴったりだな。恥ずかしながら君の指のサイズを確認し忘れていたのだが、ちゃんとはまってよかった」
「もう、ジャンったら……何よ、いつプロポーズしてくれるのかと思ったらこんないきなりだなんて……」
ジャンは涙ぐむエステルの頬に優しく手を触れた。
「エステル、俺と結婚してくれ」
エステルは何度も頷いた。
嗚咽をこらえて、喜びと涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら。
「泣くなよ。可愛い顔が台無しだ」
「うるさいわね……ジャンのせいなんだから……これからは泣かせないようにしてよ……」
「それはもちろんだ。君を泣かせる者は誰であろうと許さない。たとえコーサ・ノストラのボスでもぶっ殺してやる」
「それなら心強いわね。あと、もう一つ条件があるわ」
「なんだ?」
「結婚したら禁煙すること。ニコチンは健康によくないわ。私を愛しているなら葉巻はやめて。いい?」
「ああ、君と結婚できるならいいとも」
「神に誓える?」
「誓える」
「いつか生まれてくるかもしれない子供にも誓える?」
「誓える。俺が約束を破ったことがあったか?」
「あるわ。ナポリでスイーツ専門のレストランに行き損ねたわ」
「随分と根に持っているようだな。あれは――」
「もういいのよ。気にしていないから。これから行こうと思えばいつでも行けるわ。いつかまた行きましょうね」
「ああ、そうしよう。今度は仕事なしでな」
二人はもう一度唇を重ね合わせた。
言葉を交わさずとも唇を合わせれば愛を確かめ合うことができた。
二人が愛し合うのに言葉はいらなかった。
必要なのは、ちょっとしたきっかけだった。
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