第一部3
「ボンジョルノ。あんたがコーサ・ノストラの最高幹部か?」
ドイツ人たちの視線はイアンに向けられていた。
彼は鼻で笑った。
「いや、残念ながらはずれだ。私はただのアメリカ人だ」
「おっと、これはすまなかった。じゃあ、パナマハットの坊ちゃんか? それとも――」
「俺だよ。コーサ・ノストラの最高幹部をガキ扱いするとは何事だ。喧嘩を売りに来たのなら容赦はせんぞ? 俺たちは武器を売りに来た」
ジャンが睨みを利かせると、ドイツ人たちはにやけながらコンテナから飛び下りた。
「無礼を謝ろう。だが、隣のアメリカ人の方が風格があったのでな。退役軍人か?」
「ああ、かつてはアメリカ陸軍の兵士だった。ご覧の通り左目と右脚がいかれてしまってな」
「戦争ってのは残酷だねぇ。身体の一部を吹き飛ばされても生かされるなんてな。死んだ方がましだったと思うことがあるだろう?」
「何度も」
「だが、死は怖い。だから生きている。図星だろう? ところで、アルビノのレディーはおまけかな?」
「……気にするな、私の連れだ」
イアンはオリガをおまけ呼ばわりされたことに憤りを覚えた。
それよりも、相手を軽視するドイツ人たちの態度が気に食わなかった。
ジャンもドイツ人たちの態度にいら立っていた。
革靴の踵を小刻みに鳴らしているのがその証拠だ。
「どうでもいいが、これから取引する相手には敬意を表するべきではないか? いくらお前たちが年上だろうと、それで身分が高いということにはならない。チンピラ風情が、戦場の地獄を知りもしないくせに」
青色の瞳が鋭い眼光を放つと、ドイツ人たちは少し身を引いた。
「悪かった。そう怒るなよ。俺たちはくだらないおしゃべりが好きなんだよ。少なくとも、育ちはよくないからな。勘弁してくれ」
「コーサ・ノストラの最高幹部はドイツでも有名だ。俺たちはあんたを馬鹿にするどころか尊敬しているんだぜ、デッドマン・ルチアーノ?」
「……俺をその名で呼ぶな」
「おっと、そうぴりぴりするなよ。噛みつかないでくれよ?」
ジャンが嫌った異名――デッドマン・ルチアーノ。
「デッドマン」は言わずもがなだが、「ルチアーノ」は先代のラストネームだ。
ジャンは先代のルチアーノを嫌っていた。
マフィア界のレジェンドとなった彼を羨んでいた節もあったが、やがてそれは嫉妬へと変わった。
見えない左目に眼帯をつけ、イアンは短くなった煙草を吐き捨ててブーツの底で踏み潰した。
「さて、さっさと取引を済ませようぜ。待たせている連れがいる。お前たちも早くイタリアから出たいだろう?」
「そうだな。イタリアは武器の所持者に厳しい。そのトランクは爆弾ゲームでいう爆弾だ。俺たちはこれから爆弾を持ってドイツに帰らなければならない。一応確認しておくが、情報の漏洩はないだろうな?」
「コーサ・ノストラを信用しろ。へまをやらかすちんけな組織ではないことは断言できる。俺たちは公正な取引を望んでいる」
「おたくは信用しているさ。だが、予期せぬ事態も起こり得る。この世界に完全がないようにな」
「安心しろ。いつも通り薄氷を踏むように取引の準備を進めたつもりだ。ゲシュタポを敵に回すと面倒だからな」
ジャンがトランクを置くと、亡者の眠りを妨げかねない重々しい音が廃工場に反響した。
ドイツ人たちはトランクを開けて中の武器を確認した。
宝石を扱う丁寧さに、イアンは戦争の偉大さを改めて思い知らされた。
白い手袋をはめていたらより一層それらしくなっていただろうな、と思った。
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