第一部2
イアンとジャンは軽い変装をしていた。
といっても、イアンは眼帯を外してサングラスをつけ、ジャンはトレードマークとも言えるパナマハットを脱いでいるくらいだった。
これで退役軍人とマフィアの雰囲気が多少は薄らいだ。
オリガは白い帽子にサングラスをつけ、衣服はできる限り露出のないものを着ていた。
首にはスカーフを巻き、手元はレザーの手袋で覆い、紫外線に肌をさらさないようにしていた。
「アルビノも大変だな。昼は地獄だろう?」
「ええ、まあ。どんなに紫外線を遮断しても完全に肌を守ることはできません。きっと私は長生きできませんわ」
「この時代に生まれた人間はどいつもこいつも長生きできないさ。この冷戦が長続きすればいいのだがな」
「ええ、私もそう願っています。ですが、ミスター・バリスティーノは戦争が終わったら困るのではありませんこと?」
「馬鹿言え。俺だってただの人間だ。戦争を生業にしているとはいえ、戦争より平和の方がいいに決まっている。イアンだってそうだろう?」
「どうだろうな。私にはわからない。戦争がなくなった世界で生きる意味があるかどうかなんて、その時になってみなければわからない」
「ふん、オリガと一緒になってみれば考え方も変わるだろうさ」
「何か言ったか?」
「いや、なんでもない」
およそ三十分ほどでタクシーは目的地の廃工場に着いた。
タクシーから降りて、イアンはサングラスを外した。
オリガは日傘を差した。
ジャンはトランクからパナマハットを取り出して形を整えてからかぶった。
ここは元はイタリア軍の武器工場だった。
軍縮によってイタリアでの武器の生産は禁止となり、こうして多くの廃工場が残っているのだ。
イアンはウィルディ・ピストルのマガジンを確認し、弾丸を装填し直した。
ウィルディ・ピストルには戦場で何度も命を救われた。
メインの武器が弾詰まりや弾切れを起こした時、敵が撃ってくるよりも素早くこの銃を抜いて応戦することができた。
死を予感すると思考が停止するもので、無意識のうちに身体が動いた。
メインの武器を捨ててウィルディ・ピストルに持ち替える動作は、兵士の本能的なものだったのかもしれない。
ウィルディ・ピストルをサブの武器と呼ぶにはあまりにも不名誉だ。
だから、イアンは常にこの銃を身につけてお守り代わりにしている。
「オリガ、グレネードを投擲できるか?」
「いえ、遠くに投げられる自信はありません」
「では、オリガ分のグレネードは私が持っておこう。ジャン、あらかじめ廃工場の周囲にクレイモアを設置しておくか?」
「好きにしろ。お前は過剰なくらい用意周到だからな。だが、そのお前に何度も命を救われた。お前に任せるさ」
ひとまずイアンとジャンは廃工場に続く周囲の道にクレイモアを仕掛け、緊急時の逃走ルートを確保した。
この辺りに家はなく人気がないため、ここに近付く者は敵である可能性が高い。
念には念を入れておいて損することはない。
三人は警戒しながら廃工場へと入っていった。
中からは人間の気配がした。
というよりは、煙草の臭いがした。
中にいたのは、二人のドイツ人だった。
錆びたコンテナの上に腰かけて呑気に煙草を吸っていた。
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