第四部5

「しかし、景気のいい話はないかしらねぇ。アメリカとロシアが休戦協定を結んでからというもの、武器の需給が減ってジャンの収入も減っているわ。はぁ、いいことなんだか悪いことなんだか」


「いいことでもあり、悪いことでもある。戦争のビジネスとはそういうものだ。それはそうと、二日後にナポリで仕事をすることになった。珍しく武器の取引をしろだとさ。部下に行かせてもいいのだが、どうやらゲシュタポと繋がりのあるドイツ人らしくてな。最高幹部自ら出向く羽目になった」


「ナポリかぁ。仕事が終わったらついでに観光でもしない? この四人でさ。どうかしら?」


「あまりイタリアには長居できない。イタリア政府はコーサ・ノストラの活動をよく思っていない。風の噂では俺の首が狙われているらしい」


「平気よ。イアンがいるわ。たとえ左目と右脚を失っていても武装させたら怖いものなしよ。ねぇ、イアン?」


「期待してくれてありがとう。だが、私もただの人間だ。アサシンに取り囲まれでもしたら一巻の終わりだ」


「えー、二人して固いこと言わないでよー。オリガはどう?」


 バニラアイスクリームに熱いエスプレッソをかけて、オリガは小さく唸った。


「ナポリですか。私はミス・ジェンクスに賛成です。私も同行したいです」


 イアンは眉根を上げた。


「へぇ、意外だな。君が賛成するとは。慎重な君のことだ、てっきり私とジャンにつくと思っていたのだが」


 オリガを気遣ったつもりだった。

 武器の取引を嫌がるものだと思っていたが、それは杞憂に終わった。


「二対二ね。ジャン、せっかくだから観光しましょうよ」


「お前は観光よりもスイーツが目的だろう。どうする、イアン?」


「装備の用意を頼む。警戒して取引に臨めば問題ないだろう」


「滅茶苦茶にするなよ? お前ならイタリアを敵にしかねない。エステル、言っておくが日帰りの観光だぞ? 一応、軽く変装して行く。イタリア軍には特に注意しろ」


「わかっているわ。ああ、ナポリなんて久しぶり。前にコーサ・ノストラの夫人たちと行ったスイーツ専門のレストランがあるのだけど、予約しておいてもいい? 人気だから満席になっているかもしれないわ」


「勝手にしろ。やれやれ、無事に帰れたらいいのだが」


 カンノーロを頬張るジャン。

 唇の端についたクリームを指で拭ってやるエステル。


 二人と過ごしていると、まるで兵士時代に逆戻りしたかのようだった。

 戦争と戦争の間の安らぎ。

 当時は一瞬の平和が幸せを滲み出させていた。


 イアンはバニラアイスクリームがすっかり溶けてエスプレッソと一体化したアフォガートをすすった。

 それから、ウェイトレスにチップを渡してキャロルを作らせた。


「ああ、マラスキーノ・チェリーは種なしで」

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