第四部4

 平和と戦争の関係は、人間と木の関係に似ている。


 木は元はといえば自然の中にあった。

 自然は弱肉強食のバランスをうまく保っていたが、人間の手によってそれは崩壊した。

 木の伐採が進むにつれて人間は資源の枯渇を危惧し、植林を行うようになった。

 が、芽が出るには時間がかかり、その間にも残った木はどんどん伐採されていった。


 つまり、人間が自然の破壊者、芽が平和だ。

 これが平和と戦争の関係にも当てはまる。


 人間は壊して直すことに自己満足を得る。

 善悪を判断せず、それで善と悪が打ち消されると思い込んでいる。

 悪の圧倒的な強大さを考慮せず、結局のところ善の方が強大であると都合よく信じている。


 この都合のいい自己満足が戦争を生み、平和を殺している。

 平和を勝ち取ろうとして戦争を肥大化させているのがオリガには許せないのだ。


 イアンにもわからないでもなかった。

 自己満足は諸悪の根源であり、彼もその色香に毒されていた。

 が、彼自身好きでこうなったわけではない。

 家族を守ろうとしてこうなったのであり、全ては家族を奪おうとした戦争が悪いのだ。

 もっと言えば、戦争を生み出した人間が悪いのだ。


 いくらするかわからない白ワインをボトルで注文し、イアンは海老のマリネに手をつけた。


「ああ、そうそう。イアン、あなたに聞いておきたいことがあったのよ。危うく忘れるところだったわ。私の両親は生きている?」


「恐らくな。一年前、退役してシカゴに立ち寄ったが、皆元気そうだった。冷戦中だ、何事もなければ生きているだろう」


 そう言うと、エステルは涙ぐんだ。


「よかった。実はずっと心配だったのよ。両親のことは諦めたつもりだったのだけど、どうしても忘れられなかった。三年間の心配がようやく晴れたわ」


「いつかシカゴに帰るといい。君は両親の間では行方不明ということになっている。バーの壁には君の写真が飾られていたよ」


「そう。帰らないとね、いつか。でも、まだいいわ。今が幸せだから。ジャンといられるならそれでいいの」


 エステルの両親はシカゴでしがないバーを経営していた。

 彼女はそこの看板娘として両親を手伝っていた。


 ロサンゼルスに住む前、エステルの両親と彼女について話した。

 彼女の両親はちっとも心配しているようには見えなかった。

 もう彼女が死んだと思い込んでいたからだ。

 イアンはあえてそれをエステルには伝えなかった。


 イアンはたまに思う――もし家族が生きていたら私の人生はまた変わっていただろうか、と。


 この時代に生まれたのが運の尽きだ、兵士になることは避けられなかっただろう。

 だが、フィラデルフィアが爆撃されなければ家族が死ぬことはなかった。

 家族が生きていれば、退役しても私には帰るべき場所があった。

 家族のために戦いたい、家族のために生きたい、と病院のベッドの上で強く願ったことだろう。


 家族がいるからといって、エステルが羨ましいわけでもない。

 こういう人生を歩んでしまった以上、もう後悔してはならない。

 兵士になった時点で後戻りはできないのだ。


 コース料理を平らげると、デザートのカンノーロとアフォガートが運ばれてきた。

 食事も終盤に差しかかり、酔いも相まって四人の饒舌は最高潮に達していた。

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