第四部3

「武器を売るのが仕事ですか?」


「いや、俺の仕事は主に暗殺だ」


「人間を殺すのが仕事だなんて……心が痛みませんか?」


「別に。俺が殺しているのは罪のある人間だ。罪のない人間は殺さない。俺がしているのは戦争ではない。わかるか? 戦争は罪のない人間も殺す。だが、俺たちコーサ・ノストラは違う。確かに、俺たちは武器を世界中に売って儲けを得ている。これは戦争を助長する行為だ。もしお前が戦争を憎悪しているなら許し難い行為だろう。しかし、俺たちは戦争を勃発させている根源を殺している。これがビジネスだ。武器を売買し、戦争を抑制する。チャラにはならないかもしれないが、何も俺たちは善人ではない。世間の認識では悪人に傾いているだろう。慈善活動ならそういう団体がやればいい。それで戦争がなくなるのならとっくになくなっている」


 全くの正論だ。

 とんだ熱弁だったが、ジャンの言葉は酔っているとは思えないくらい正確無比に核心を突いていた。


 そうだ。

 私たちは――兵士は、善人ではない。

 善人でもなければ悪人でもない。

 罪のない人間を大量に殺してきたが、私も罪のない人間の一人だ。

 兵士は国の駒であり、間接的な戦力でもある。


 少なくとも、私は戦争を終わらせるために戦っていたわけではない。

 家族を失う以前はそうだったが、それ以後は自己満足のために戦っていた。

 それどころか、戦争を終わらせたくないとさえ思っていた。


 オリガはやるせなくなった。

 戦争は家族を殺してなお生きている人間を殺しに駆り立てていた。

 これこそが戦争の本当の怖ろしさだ。


「オリガ、お前はどう思う? 戦わないことが平和に繋がると思うか?」


「いいえ。戦わずして平和を掴み取ることはできません。悲しいことですが、戦争で平和を掴み取るしかないと思います」


「俺も同じ持論だ。矛盾こそが世界の本質――すなわち、平和と戦争の本質だ。平和と戦争は表裏一体、一枚のコインだ。表と裏がくるくるひっくり返されるのがこの世界だ。平和が表を向こうとやがては裏になり、戦争が表を向く。兵士もコーサ・ノストラもコインをひっくり返そうとしているのだ。刹那の平和のために戦っているのだ。戦争はそのためにある」


 ここでエステルが退屈そうに欠伸をした。


「ねぇ、難しい話はよしましょうよ。せっかくの料理がまずくなってしまうわ。もっと楽しい話題をちょうだいな」


「楽しい話題か。ああ、それならとっておきの話がある。ヴィクトルというどんくさい下っ端がいるだろう?」


「ああ、いるわね。昨日、脚を怪我して杖を突いているのを見かけたわ」


「それなんだが、西部劇ごっこでもしていたのか、早撃ちでホルスターから銃を抜こうとしたら暴発して自分の脚に弾丸が当たったらしい」


「あはははははっ! 馬鹿ねぇ。カウボーイハットを買っていたのはそのためだったのね」


「そういうことだ」


 先ほどの話題とは打って変わったが、オリガは依然として浮かない表情をしていた。

 戦争に家族を殺された彼女としては、やはりジャンのやっていることが許せなかった。


 戦争を勃発させている根源は紛れもなく人間だ。

 泥をかぶった一部の人間を殺しても戦争はなくならない。

 ジャンはこれを戦争の抑制と言ったが、武器を売ればそれを遥かに超える促進が働く。

 武器の売買がもたらす不幸は世界中に波及する。

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