第四部2

 オリガは居住まいを正して丁寧に一礼した。


「オリガ・ガヴリーロシュナ・アスラノヴァと申します。よろしくお願いします」


「オリガは私の友人だ。オリガとはこのシチリア島で出会った」


「ほう、イアンに友人がいるとはな。俺はジャン・バリスティーノ。イアンとは戦友だった」


「イアンから三年前にデトロイトで戦死したと聞きました。本当ですか?」


「ああ、戦死したことになっていた。まあ、詳しいことは後で話そう」


 オリガはジャンと握手し、続いて同じようにエステルの手を取った。


「エステル・ジェンクスよ。アルビノのロシア人?」


「ええ」


「綺麗な白い肌。羨ましいわ。オリガ、イアンの友人は私たちの友人でもあるわ。何も気兼ねしないでね」


「はい、ミス・ジェンクス」


 一通り自己紹介が済んだところで、ちょうど食前酒アペリティフのスパークリング・ワインが運ばれてきた。

 コース料理で予約しておいたのだろう。

 ウェイトレスはメニューを置いていかなかった。


 レストランのメニューやマナーについて疎いイアンとしては大変助かった。

 もしメニューに載っていないキャロルを注文したら、きっとウェイトレスは度肝を抜かれたことであろう。


 イアンが早々にスパークリング・ワインを飲み干すと、ジャンは渋い表情をした。


「相変わらずの酒豪め。いくら飲んでも酔い潰れないからといってペースを上げるなよ? 代金は俺持ちなんだからよ」


「俺の生きる楽しみといったら酒を飲むことくらいのものだ。遠慮なく飲ませてもらおう。アメリカーノを」


 アメリカーノのレシピは、カンパリ、スイート・ベルモット、炭酸水。

 装飾はレモンの果皮。

 食前に飲む酒として適している。

 イアンにはまだ序の口だ。


「私も何か注文しようかしら。あっ、ジャンはあまり飲まないでよ。あなたには前科があるんだから。またイアンに殴られたくないでしょう?」


「わかっている。今日は一、二杯でやめておくさ」


「オリガも何か飲むといいわ。おすすめはスプモーニね。カンパリ、グレープフルーツジュース、トニックウォーターを混ぜたカクテルよ。私のお気に入り」


「では、それをいただきます」


 酒が届いて五分もしないうちにオリガとジャンは酔っていた。

 オリガは氷のような冷静さを保っていたが、ジャンはろれつが怪しくなってきた。


 料理がテーブルに並び出すと、その勢いはどんどん加速していった。

 イアンは料理にはあまり手をつけず、ジャンとエステルは酒よりも料理を食べることに集中していた。

 オリガはというと、スプモーニを少しずつすすってはゆっくりと料理を口にしていた。


「ミスター・バリスティーノ、あなたが生き返った話を伺いたいのですが。とても興味があります」


 オリガがそう言うと、ジャンは赤い顔を俯かせて失笑した。


「生き返ってはいない。第一、死んでいないからな。何、アメリカ陸軍を無傷で離れるために小細工を仕組んだに過ぎない。故郷に帰って、俺は英雄になった。アメリカ陸軍ではKIA扱いになり、曹長から少尉に昇格した。イアンいわく階級章は俺の墓に埋めてあるそうだ。死ぬ前にいつか掘り返さないとな」


「波乱万丈な人生ですわね。シチリア島に戻ってからは何をしていらっしゃるのですか?」


「コーサ・ノストラの最高幹部だ」


 瞬間、オリガの顔色が変わった。


 無理もないだろう。

 世界中に武器をばら撒いて戦争を促進させている組織の一つ――コーサ・ノストラのメンバーと対面して仰天しない人間はいない。

 ましてやジャンはその最高幹部だ。

 少なからず戦争の被害者として思うところはあるだろう。


 マルゲリータのモッツァレラチーズを伸ばしながら一欠片を皿に取り、オリガは平静を装った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る