第四部
第四部1
一週間後、イアンとオリガは連れ立ってジャンに指定されたレストランへと向かっていた。
イアンはパレルモで仕立て直したスーツ、オリガはワインレッドのドレスに肘まであるオペラグローブをつけていた。
まだ太陽は沈み切っていなかったが、彼女は日傘を差して極力路地裏の日陰を歩いて日光を凌いだ。
オリガは白い帽子を目深にかぶり直して呼吸を整えた。
「平気か、オリガ?」
「はい」
「太陽が沈むまでカフェで休んでいくか? 私の友人なら少しくらい待たせても構わない」
「いいえ、それは申しわけありませんわ。行きましょう。もう少しで着きますわ」
イアンはオリガのか細い手を引いた。
彼女の影となるべく精巧に歩調を調節しながら。
潮風が涼しい。
金髪と白髪が波のようになびく。
「いい風だ」
「そうですね」
「春は好きだ。こうしてそよ風に当たっていると戦争を忘れられる。春は平和だ」
「私も春が好きです。永遠に春が続けばいいのに」
イアンも永遠の春を願うことがある。
しかし、春は短い。
この世界に永遠はない。
永遠は
全ては花のように儚く散る。
夕日が茜色に色付き、純白が塗り潰される。
オリガは繋いだ手の握力を強めた。
「イアン、ごめんなさい」
「どうして謝る?」
「だって、気を遣わせてしまっているから。あなたを救うと言ったのに、私の方が支えられているのですもの」
「いや、私は救われたよ。君が食事に同席してくれることで友人がいることを証明できる。私の友人はどうも私に友人が一人もいないと思っているらしい。まあ、事実ではあるのだが、これで見栄を張らなくてもよくなった」
「ふふふっ、あなたのご友人はどんな方なのかしら」
「一見柄は悪いが根はいい。ほら、前に話したことがあっただろう。三年前にデトロイトで戦死した親友がいる、と」
「ええ。そのご親友の故郷がシチリア島だったからここに旅行されたのでしたね。もしかして、そのご親友が今日お会いする方?」
「ああ、そうだ」
「幽霊ですか?」
「はははっ、私も再会した時はそう思ったよ。だが、彼は生きていた。まあ、詳しいことは会ってから話そう」
夕日の中ではオリガのアルビノは目立たなかった。
奇異の視線にさらされることはなく、通りかかった若い娘たちに羨望の眼差しを注がれていた。
そんな彼女と並んで歩くイアンは鼻が高かった。
レストランは海に面していた。
テラスには既にジャンと着飾った女が着席しており、イアンを見つけると手を挙げた。
「待たせたか?」
「いや、俺たちも着いたばかりだ」
「久しぶりだな、エステル。元気にしていたか?」
「ええ。イアン、あなたこそ元気にしていた?」
「元気さ」
「しかし、ひどいわね。左目と右脚を失った途端に老けたわねぇ。あはははははっ!」
イアンの変わり果てた姿を見て快活に笑ったのは、エステル・ジェンクス。
彼女と出会ったのはジャンと同じくシカゴのバーだった。
ジャンにきつい一発を食らわせて以来、彼女とも友人だ。
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