第二部3

「さっさと二等兵から脱却するために俺は大量のロシア人を殺した。お前のようにクレイジーにはなれなかったがな」


「私がクレイジー?」


「おいおい、自覚してなかったのか? お前は知らなかったかもしれないが、俺たちの部隊ではキラーマシーン呼ばわりだぜ?」


「キラーマシーン、か。あながち間違いではないな」


「お前の殺しは芸術的だった。銃を使わせればほとんどが頭部か心臓に命中し、ナイフを使わせれば背後から忍び寄って喉を掻き切り、爆薬を使わせれば一寸の狂いもなく敵を木っ端微塵にする。お前は敵に回したくないね」


「まるで映画の主人公さながらだな」


「そうさ。左目と右脚さえあれば間違いなくお前はレジェンドになれた。お前の左目と右脚を奪ったロシア人は実に優秀だ」


 イアンは苦笑した。


 左目と右脚を失ったのは単純に運が悪かったと言える。

 これをロシア人の功績にされるのは癪に障る。

 イアンが左目と右脚を失ったのは地雷のせいだ。


 ロシア軍が仕掛けた地雷ではあるが、注意して踏まなければよかった話だ。

 もしかしたら、アメリカ軍が仕掛けたものかもしれない。

 いずれにせよ、兵士として間抜けな最期となってしまったことに変わりはない。


 窓の縁で葉巻をたたき、先端の灰を落とす。

 灰の塊は崩れて窓の外をぱらぱらと雪のように舞い、どこかに飛んでいく。


 二本目の葉巻に火をつけ、ジャンは脚を組み直した。


「三年前、俺がデトロイトでKIAになるように工作したのは他でもない俺自身だ。影武者の死体は俺が用意した」


「何故そこまでしてアメリカ陸軍を離れようと思った?」


 ジャンは奥歯で葉巻を噛んだ。


「退役は俺のプライドが許さなかったからだ。負傷もしていないのに退役なんざ軍人の恥だ。死んだことにすればまだアメリカ陸軍を離れる気になった。くそ忙しい中だってのに、コーサ・ノストラに呼び出されたんだよ。ロシア人と揉めているから手を貸せ、ってな。ボスの命令だ、逆らえば地獄の底まで追いかけられて殺されてしまう。俺は仕方なくシチリア島に帰ったってわけよ」


「コーサ・ノストラがロシア人と揉めるなんて珍しいな」


「ああ。なんでもシチリア島に来ていたロシアン・マフィアと武器の売買で揉めたらしくてな、うちの馬鹿が一人殺したせいで抗争に発展した。なんだかんだでどいつもこいつも殺しの経験が浅かったせいか、コーサ・ノストラが押され気味だった。そこでロシア人を大量に殺している俺が呼び出されたのよ。どうもボスは俺のことをロシア人殺しのプロだと思っていたらしい」


「ロシア人殺しのプロ、か。それならロシア軍はアメリカ人殺しのプロというわけだ」


「ふん、兵士になれば殺しのプロになれるわけではないだろう。殺しのプロってのは俺やお前のことを指すんだよ。いかれてなければ素人同然だ」


「相変わらずお前は変にプライドが高いな。私を買いかぶりすぎているのも変わらない」


「いや、買いかぶりはあり得ない。イアン・グウィンは俺の憧れさ。たとえ退役してもな」


 イアンはウイスキーを半分まで胃の中に収め、残りをジャンに渡した。


「俺はお前を超えようと死に物狂いになった。ほとんど単独でシチリア島のロシアン・マフィアを殲滅し、トラブルを解決した。それから俺は暗殺の仕事を任されるようになった。でかい仕事を積み重ね、ついに実力を認められて最高幹部までのし上がった。これでお前を超えられただろうか?」


「さあな。私はお前の上にいるとは思わないが……」


「そうだ、俺の最終階級を教えてくれ。死んでお前より上官になったかもしれない。当時の階級は俺もお前も曹長だったな」


「ああ。お前は死んでから少尉だ。階級章は墓に埋めておいた」


「少尉か。随分と昇格したものだ。それで、お前の最終階級は?」


「大尉」


 ジャンは座席に腰を深々と沈めてうなだれた。


「まあ、当然か。お前は俺が死んでから三年間戦い続けた。その負傷で退役となると大尉くらいの階級が妥当だな」


「階級などなんの役にも立たない。所詮はロシア人殺しの飾りに過ぎない。少なくとも、立派なものではない。私の階級章もお前の墓に埋めてある」


「お前らしいな。俺の影武者も幸せだろうさ。死んで大尉になれたのだからな」


「どうだか」


 パナマハットを脱いで頭を掻いたジャン。

 細められた碧眼は老けていた。

 瞳が老けるのかどうかはさておき、イアンの瞳にはそう映った。


 たったの三年――それでも、イアンとジャンは暴力によって変わっていた。

 二人が大人になるのは早かった。

 そして、老けるのも早かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る