第11話 ルーチェ(A Side)

 気づけば俺はいつの間にか闇の中にいた。


 真っ暗で、何も見えない。どこをどう見渡しても闇、闇、闇。


 どうして、俺はこんなところにいるんだろう?


 そういえば、だ。


 俺は先程まで、あのラズルという天使と対峙していたはず。


 しかし、どういうわけかラズルは俺の前から撤退し……。ああそうだ、思い出した。


 彼が撤退した後、俺はすぐに意識を失ったんだった。そういえば、俺が意識を失う寸前、リサは何か叫んでいたな……。リサは無事なのだろうか。どうか無事であってほしいと、そう祈らずにはいられない俺。


 それにしても。


 あのラズルとかいう奴、何か様子がおかしかったな。まあ、そのおかげで命拾いをした部分もある。


 そして様子がおかしかったと言えば俺もだ。


 あの時、手負いの俺を何の躊躇もなく殺しにかかろうとしたラズルに対して、俺は微笑みかけていた。


 何故だろう……?


 本当に、よくわからないのだが、でもあの時の俺は不思議とラズルに対して妙な懐かしさを感じていた。そして、胸が締め付けられるような……。そんな感じもした。


 そして俺に微笑みかけられたラズルはラズルで、そんな俺を見て驚き、そして、ルーチェ、と言った。そしてその後、命拾いしたなと、俺の前から姿を消した。


 ルーチェ。


 この名前に聞き覚えがある。昨夜、俺が見た夢の中に登場した人物の名だ。というか、俺がその人物になっていたというか。


 ラズルの言ったルーチェと俺が知っている方のルーチェは同一人物だったりするだろうか。


 もしそうであるならば、ラズルとルーチェはどういう関係だったのだろう?


 いや、こんなこと考えていても仕方がない。


 それよりもこの闇しかない空間から一刻も早く出なければ。リサや、イサーク、サシャ達のことも心配だし。


「といっても、どうやって出ればいいか……。そもそもここはどういう場所なんだ?」


 意識を失った後、ここにいたわけだし、冷静に考えてみれば夢の中、だろうか。ここは。



 ――かつて私たちは一つだった。



「?」


 何だ……?どこからか声が響いてくる。透き通った、女の声だ。



 ――今では悪魔と呼ばれている存在もかつては天使で。でも神のやり方に疑問を抱いた彼らは自らの生まれ場所である天を離れ、地へと堕ちた。


 ――こうして、光と闇とに分かれた。



 声はまだ続く。まるで歌うかのように。



 ――私も地に堕ちた天使の一人だった。


 ――私達は真実が知りたかった。


 ――だから堕天したの。真実を求めて。


 ――かつては神は人間たちを愛していたの。



 何だって……?


 神は人間を愛していた?


 しかし、俺の知っている神という存在は、人間を滅ぼそうとしている。神が人間を愛していたというのなら、どうして神は人間を滅ぼそうとしているのだろう。



 ――いつ頃からか、神は人間を悪しき存在としてなきものにしようとした。


 ――それは人間がおごり高ぶるようになったからだった。


 ――だから神は、天使達に命じたの。人間を滅ぼすようにと。一部の人間を除いて。


 ――だけど私達、堕天した天使達は反対したわ。悔い改めさせればいいだけの話だって。でも神は私達の言葉を聞くことはなかった。


 ――かつての天使長にして堕天使達の長、ルシファーはこう思ったわ。果たしてこの神は真の神なのか?と。この神は実は偽物で、真の神は、人間を愛していた神は何処かへと隠れてしまったのではないか?と。



偽物の神……。真の神……?


この話が本当ならば、俺が知っている神は、偽物の神……?



 ――そして私達堕天使は、真の神を探し始めた……。



「君は……。一体誰なんだ?どうしてこんな話をする」



 ――私の名前は、ルーチェ。ルーチェ・ベリアル。光のベリアル。


 ――この話をするのは、あなたに知ってほしかったから。



「それはどうして?」



 ――あなたは知っているから。この戦い、神と人間の戦いを止める術を。



「俺が?」



 ――ええ、そう。私はあなただから……。



「君は、俺……?」



 ――だからお願い。どうか……。


 ――どうか、彼を。ラズルを助けてあげて。



 ラズル!?どうしてラズルがここで出てくるんだろう。



「君は、ラズルの一体何なんだ!?」



 ――それは。



 そこで声が途切れた。まだ続きが聞けるのでは、と、彼女が話し出すのを 待っても、何も聞こえてこない。


 どこからか風が、強い勢いで俺に吹きつけてくる。飛ばされそうなくらい、強い風だ。


 吹き飛ばされまいと、なんとか踏ん張ろうとする。のだが、風の強さに負け、俺の体は吹き飛ばされてしまう。


 俺の体はこんなにも軽かったのか……?と思うくらい、あっさりと飛ばされてしまったものだから、驚いた。


 更に驚いたのは、俺の体が光の粒子へと変わり、そのまま砂のようにサラサラと崩れ始める。


 このまま崩れてしまえばどうなるのだろう?


 しかし、不思議と恐怖は湧かなかった。むしろ穏やかな気持ちで満たされていた。


 恐らく、俺の体は完全に崩れたのだろう。そこで再び俺の意識はなくなった。



「……ろ!……うろ!」


「アウロ!」


 ハッと、目を覚ます。ここは?


 見慣れた天井。ここはどうやら俺の部屋らしい。少し崩れてはいるが。


 そして側には少女が、俺の顔を覗き込むように座っていた。


「……リサ」


「アウロ!良かった……!目を覚ましてくれて……」


「眠っていたのか、俺。今まで」


「うん」


 そうなのか……。であれば、さっきのは、やはり夢だったんだな。


「私、イサークさんを呼んでくるから!」


 そう言って、リサは俺の部屋から飛び出していった。


 とりあえず俺はというと、今まで寝ていたにも関わらず、どっと疲れが出た。


 一気に大量の情報を頭の中に入れられた気分だ。それは、彼女の――ルーチェの――あの話を聞いたからかもしれない。


 とりあえずイザークが来るまでもう少しだけ。眠っていよう。


 そして、俺は再び眠りについた――。

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