第10話 対峙(A Side)
「リサッ……!」
リサの声がしたのは中庭の方から。俺はそこに向かって全速力で駆けて行く。
気づけば、俺は既に外に出ていた。ふと空を見上げる。空には沢山の天使達がいた。どれも羽根の数が二枚なので、そんなに強い奴はいないようだった。
俺の存在に気づいた、その天使達は俺に攻撃を仕掛けようと、攻撃の体制に入る。
「お前達の攻撃など、たかが知れている」
俺は詠唱を唱え始めた。詠唱。これは、何かを具現化したり発動させたりしたいときに唱える、いわゆる祈りみたいな特殊なものだ。祈りみたいなものといっても、神や天使を相手に祈るわけじゃないけど。
むしろこの詠唱は、悪魔と契約することによって唱えることができる
ものだ。だからどちらかといえば、やはり神に仇する存在に対して祈っているようなものだった。――神に抗おうとする俺達にふさわしいと言えばふさわしい。
さて、俺がこの詠唱を唱えることができるということは、俺も何かしらの悪魔と契約しているのかというと――。そんなことはなかった。
そう、俺は何の悪魔とも契約はしていなかった。にも関わらず詠唱を唱えることができるのだ。何故か?それは俺にもよくわからない。対天使の軍隊のほとんどの人間が悪魔と契約し、その上で初めて詠唱を唱えることができるというのに、俺だけが例外だった。――それも俺が周囲に不気味がられる原因の一つなのかもしれないな。
人工的に作られたといえど、所詮は生身の人間。そんな奴が、天使と互角に渡り合え、しかも契約もなしに詠唱を唱えることができたりと、いよいよ化け物じみている。まあ、確かに対天使用の兵器ではあるが。とはいえ、たとえ悪魔の知識を基にされていようが、人間が作るものには限度というものがあるはず。それなのになぜ俺は?
と、色々と謎だらけだが、今はそんなことはどうでも良い。それよりも、今は俺の頭上にいる天使達をどうにかするのが最優先だった。
詠唱を唱え終えると、俺の右手には青く輝く、大鎌が握られていた。その大鎌を持ち、俺は頭上の天使の一人に大きく、鎌を一振りした。これは遠距離攻撃の一つで、対象の相手に対してこの鎌を大きく一振りすることで、例え相手が遠くにいようとも、その相手を切りつけることが出来るというものだった。俺にこの攻撃を向けられた天使は悲鳴をあげたかと思うと、一瞬のうちに消えた。致命的なダメージを受けた天使は今のように消えていく。普通なら、血を噴き出しながら地上に落ちるものだとは思うのだが、彼ら天使の場合は何故かそういうことにはならない。
続けて他の天使にも今と同じ攻撃を繰り出そうとした。しかし。
後ろから鋭い痛みを感じた。後方の方にも天使がいたのだろう。前方にばかり集中していたから、完全に油断していた。背中から大量の血が流れているのがわかった。
「っくそ、油断した」
俺はその場に崩れ落ちそうになる。しかし鎌を支えにそれをなんとか防いだ。周りの天使達が俺に向けて一斉に攻撃を仕掛けようとしてくる気配をその肌で感じた。早く態勢を立て直さなけらばならない。しかし、それよりも早く、天使達が何かを言ったかと思うと、一切の慈悲もなく俺に攻撃を仕掛けてきたようだった。俺は今、手負いを負っている。その上、前方からも後方からも一斉に攻撃を仕掛けられたのでは、どうしようも――。
その時だった。
「守りの追想曲(カノン)」
誰かの声がこの場で響いたかと思うと、何かを跳ね返す音がした。すると、天使達の叫び声が聞こえた。意識がぼんやりとしそうになりながらも頭上を見上げると、天使達はいつの間にか消えていた。一体何が?
「あなたの噂は常々この耳に入ってきてはいましたが……。しかし実際この目で見てみるとあまり大した実力をお持ちではないようだ」
この声は、ヨハン?もう攻撃をされる心配がなくなり、それで気が抜けたからか、俺はその場でどさりと膝をついた。
いつの間にかそんな俺の前にヨハンが立っており、ヨハンは俺に向けて手を差し伸べていた。
「立てます?」
「立てるように見えるか?」
「それもそうですね。少しばかり応急処置をしておきますか」
そう言ってヨハンは俺の側で座り込み、俺の背中に手を当ててぶつぶつと何かを唱える。こいつも詠唱を使うことが出来たのか。
背中が暖かく感じた。それと同時に傷が治っていくのを感じた。
「とりあえず、応急処置はしましたので。しかしまた激しく動くと傷が開く場合が――」
「それよりリサ!」
ヨハンが言い終わるより前に俺はすぐに立ち上がり、中庭の方へと勢いよく駆けだしていた。
「人の話は最後まで聞いてほしいんですけどもね」
後ろの方でヨハンのぼやく声がしたが、それを無視し、とにかくリサの叫び声がした場所へと俺は駆けていく。
一目散に走っているうちに中庭に着いた。そこに10人ほどの天使がいて――ちなみにそいつらは空に浮かんでいるのではなく、地上に立っていた――その向かい側にリサがいた。俺の近くに木々が立っていたので、俺はひとまずそこに身を隠す。
リサは座り込んで泣きながら、こんなか弱い女の子相手に10人で寄ってたかるなんて何とも思わないの!?と喚いていた。こんな時にこう思うのも何だが、10人の天使相手に強い女だ。色々と。
そんなリサに対して、天使の一人が言った。
「何とも思わない。お前のような人間に」
「だったらさっさと殺せば!?さっきから不思議に思ってたんだけど、いきなり襲ってきたかと思えばじーっとこっちを睨んでるだけで何なの……?気味悪いったらないわ!」
リサの言葉を聞いて、俺はふとあることに気づく。そう言えば先ほどリサの叫び声がしてから俺がこの場にたどり着くまで、かなり時間を要した。しかしリサは未だに無事だ。どこかに隠れていたというのなら、話はまだわかるのだが、隠れているわけではなく、リサは中庭の中央にいる。そんなリサをこの10人の天使達が殺そうと思えばとうの昔に殺せていたはずだ。
今のリサの話からすれば、リサをいきなり襲ったきり、リサを睨んでいるだけであって、リサを殺そうとはしなかったらしい。それは何故?
「確かにお前のような人間に対して何とも思わない。しかし、お前を殺してはならないと、何故か我々の直感が告げているのだ」
「はぁ?」
リサは呆れたような声を出した。正直言って俺も意味が分からない。よくよく天使達の方を見ると天使達はどうしたものかと、お互いひそひそと話し合っているようだった。
まあいい。俺としてはリサが無事だったから、何故天使達がリサを殺さないのか、そんなことはどうでも良かった。それよりも全員リサの方に集中しており、隙だらけだ。さっさとこいつらを片づけて――。と、その時だった。
とても威圧的な空気が、その場に流れた。その瞬間、天使達の間にも緊張が走ったように見えた。
「たかが人間の小娘ごときにお前達は何をしているのだ?」
上空から声が響いた。この感じ……。雑魚ではなさそうだ。その時、辺り一面が眩い光に包まれた。かと思うとすぐにその光は収まる。
いつの間にか、リサと天使達の間に12枚の羽を持つ、一人の男の天使が立っていた。
この枚数の羽……。上位レベルの天使か。
「ラ、ラズル様……」
天使達の一人がラズルと呼ばれた男に対して恭しく頭を下げる。
「質問に答えろ。たかが人間の小娘ごときに、お前達は何をしている?」
「はっ。確かにこの者は一見ただの人間のように見えますが、しかしながら、ただの人間ではないようです……」
「それで躊躇していると?」
「その通りです」
天使の一人が怯えながらラズルに対して答える。こんなに怯えられるなんて、ラズルは一体どういう奴なんだろう。
「……不細工だが、確かにただの人間ではないようだな」
「ぶ、不細工うっ!?」
不細工というその言葉にリサは怒り出す。不細工だろうか。俺としては可愛い方だと思うが。
「それと。何故お前たちはそこにいる人間に気づかない?」
「に、人間……?」
ラズルのその言葉に天使達はざわめく。気づかれなくてもしょうがない。俺は自分の気配を消していたし、彼らと俺の間には大分距離が開いていた。それに木の後ろに隠れていたから。
「も、申し訳ありません。言われてみれば確かに気配がしました」
天使達は慌ててラズルに謝罪する。しかしラズルはそんな天使達を無言で睨みつける。
「っ……」
再び天使達の間に緊張が走ったようだった。そんな天使達の様子を見たラズルは鼻で笑う。そして俺の方に声をかけてきた。
「そこに隠れているんだろう?出てきたらどうだ」
このまま隠れ続けても意味はないだろう。俺は木から離れて彼らの前に姿を現した。
「その容姿……。貴様はまさか!アウロだな!?」
俺を見るやいなや、天使達はざわめき出した。ラズルは特に何の反応も見せなかった。
「お前たちはもう帰れ。俺はアウロに用がある」
ラズルは天使達にそう言い放った。しかし、それに対して天使達は慌てふためく。
「ラズル様が直接手をお下しにならずとも我々が!」
「誰が、アウロを俺が殺すと言った?」
一気にその場が凍てつく感じがした。ラズルは再び天使達を殺意のこもった目で睨みつけていた。
「なっ」
「それと、今回のこの襲撃。俺に何の相談もなくお前達の独断でやったそうだな?その処罰を受ける覚悟はできているんだろうな……?」
「独断だなんてそんな!我々はただ――」
そう天使達が言い終わる前にラズルが遮る。
「今なら許してやってもいい。その代わりさっさと帰れ。でなければ」
「っ……。わ、わかりました」
「他の連中にもさっさと撤退するよう命じよ!」
「はっ!」
そうして全員この場から飛び去って行く。その場に残ったラズルは俺の方を向いた。
「さて、お前がアウロだったな?」
ラズルに名を呼ばれた俺はとりあえず返事をすることにした。
「そうだが」
「実はつい先日も俺は貴様を見ていた。そしてすぐに殺そうとしたのだが……。何故かそれができなくてな」
ラズルは淡々と俺に対して話を始めた。意味が分からないが少なくとも彼は今、俺を殺す気はないらしい。
「そうか、それで?」
「どうして貴様をすぐに殺すことが出来なかったか?それは俺の直感が貴様を殺してはならないと俺にそう告げてな。貴様、一体俺の何だ?」
は?と俺は思った。俺がラズルの何かだなんて俺の知ったことか。直感がどうだのと、ラズルが一体何を言いたいのか俺にはさっぱりだ。
「そんなの知らない。俺が君の何かだなんて。俺は俺だ」
「そうか」
ラズルはそれだけ言うと、俺を睨みつけた。
「もういい。お前を見ていると気分が悪くなる。お前をここで消してやる」
いつの間にかラズルは大鎌を持っていた。こいつ、俺と同じ武器を持っているのか!?
ラズルは俺に対して攻撃を仕掛けてこようとした。それに対して俺も迎え撃とうとしたが、いきなり背中に激痛が走った。傷が開いたようだ。かなりのスピードでここまで走ってきたから。
その場に崩れ落ちる俺。そこへラズルが何の躊躇もなく俺を殺そうとしてくる。
「アウロ!」
リサの叫び声がする。俺に構わずさっさと逃げてほしい。
「死ね、アウロッ!」
ラズルが一気にこちらに近づいてくる。
その時。
何故かはわからなかった。
だが、俺は無意識にラズルを見つめていた。そして微笑んでいた。
「ラズル」
俺に名を呼ばれたラズル。彼はすぐに動きを止め、そこに立ちすくんだ。
そしてただ驚いた表情で俺を見つめていた。
「ルーチェ……?」
その声はとても悲しそうなものだった。
「まさかお前は……。いやそんな」
ラズルは頭を抱え出す。どうやら彼は混乱しているようだった。一体ラズルはどうしたというのだろう。今、一体何が起きている?
思考を巡らそうとしても、意識がぼんやりしていてまともに頭が働かない。
「っ……。もういい。今回は退かせてもらおう。命拾いしたな。だがお前は必ずこの俺が……」
そう言い終わらないうちに、ラズルは飛び去って行った。よくわからないが、とりあえずは助かったようだ。早くリサをこの場から連れて――。
しかし、そこで俺の意識が途絶えた。リサが叫びながら俺の名を呼んでいるのがわかった――。
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