第8話 襲撃(A Side)
その日の晩、俺はイサークと久しぶりに――と言ってもイサークとは半年前に会ったばかりだが――話をした。
昼間にも、一度イサークと顔を合わせているのだが、ヨハンの訪れを伝えただけで、軽く挨拶はしたもののそこまで話したわけではなかった。
ちなみにヨハンはどうしたかというと、しばらく近くの宿に滞在することになったそうだ。
「いや〜、久しぶりだなアウロ〜。元気にしてたか?」
「久しぶりと言っても半年前にイサークとは会ったばかりだ」
「そんなこと言うなよー。半年前に会ったばかりでも俺にとっては久しぶりなの!」
そういうものなのだろうか。正直俺にはその辺りがよくわからない。そうは言っても、イサークは本当に長年会っていなかった友人と話しているかのように、本当に嬉しそうだった。
ちなみに今、俺達がいるのは食堂。先程まで俺が久しぶりにここに帰ってきたということで、軽くパーティが開かれていた。
その時にサシャもいた。サシャも相変わらず無邪気にはしゃいでいたから、まだあのことは伝えられていないのだろう。
パーティが終わり、皆が解散してから残った俺とイサークはこうして面と向かって話をするのだった。ちなみに、ここにいるのは俺達二人だけかと言うと、そういうわけでもなく厨房にリサもいて、リサは後片付けをしていた。
「しっかし、お前がここを出てから早3年ってところか。ほんと、時が経つのは早いな」
ああ、俺がここに帰ってくるのは3年ぶりになるのか。てっきり4年かと思っていた。最前線で戦っていたり、とにかく忙しかったから、いつここを出たのか、とか、どれくらい時間が経ったのかとかが、俺の中では曖昧となっていた。
「お前がいない間、この孤児院でも色んなことがあった」
それは半年前にも聞いた。何だ?歳を取ると同じ話をしたがるものなのだろうか。
「イサーク。それ、前にも聞いたと思うが」
「えっ!?あれ、そうだっけ!?」
ボケてるのか?と言ってもイサークはまだ40代後半だった気がするが。ボケるにはまだ早すぎる。それともいわゆる、若年性の何とかだろうか。
「ま、まあとにかく!もう一度言いたかっただけだ!」
「そうか」
まあ別に迷惑でもないからいいが。
「ああそうだ。お前にも伝えたいことがある。サシャについてなんだが」
一瞬、俺は身構えてしまった。サシャについて、というと、やはりあのこと。サシャが実は王族の血を引く子供で、ヨハンがサシャを引き取りたいと言ったことについてだろう。
「サシャは王族の血を引く子供だった。というか、お前も知っているよな?盗み聞きしていたんだし」
「……気づいていたのか」
「気づかない方がおかしいだろ」
あの時、リサの後ろに隠れている俺に何も言わなかったから、てっきり気づかれていないんだと思っていたが。やはり気づかれていたか。
「大方、とっさに隠れる場所がないということで、リサの後ろに隠れたんだろうが、普通に丸見えだったぞ。ただ、そんなお前を見て少々気の毒に思ったから、俺は何も言わなかったが」
それに、とイサークは更に言葉を続ける。
「あそこでお前に声をかけていたら、まずヨハンにも聞こえるからな」
そしてイサークは俺をまっすぐ見てこう言った。
「なあ、アウロ。お前から見て、ヨハンはどう思う?」
どう思う、か。イサークは真剣な眼差しで俺を見つめる。彼は、俺の口から、ヨハンについての率直な意見を聞くのを待っている。そんな彼の目を、俺も真っ直ぐ見て、率直な自分の感想を伝えた。
「俺からすれば、ヨハンは相当危険な人物な気がする」
俺のその言葉を聞いて、イサークはふっと軽く笑った。
「やはり、お前もそう思うか」
イサークは、最初から俺がそう答えるのを知っていたのかもしれない。俺は続けて、ヨハンに対して率直に感じていることを述べる。
「どうしてかはわからないが、とにかくヨハンからは危険な何かを感じる。何か良くないことを企んでいる、みたいな……」
「俺も同じことを考えているよ。とにかくあいつはダメだ。危険すぎる。そんな奴の元に、大事な家族を……。サシャを引き渡したくはない」
しばらく俺達の間に、沈黙が流れた。その間にも、リサが片付けている音だけが響く。
「俺は今回の話を断ろうと思っている」
イサークの言葉が、この沈黙を破った。
今回の話、つまり、サシャをヨハンが引き取るという話を、イサークは断ると言っている。俺としても、それには大賛成だ。だが。
「断ったところで、ヨハンはそれをあっさりと了承してくれるだろうか」
俺のその言葉に、イサークは少し苦い顔をした。
「してくれねえかも。あいつなんか、しつこそうだもん。しかも、王立騎士団の要求を断ったということで、何かといちゃもんつけてきそう……」
イサークは自分の頭を、がしがしっと右手でかきむしった。半年前会ったとき、髪が大分薄れてきたと言っていたような気がするが、そんなにかきむしって大丈夫なのだろうか。
「まあとにかく!俺は今回の話は無しにしたいと思っている。と、いうわけで、寝る。じゃあな」
イサークはそう言うと、自分の頭をかきむしるのをやめて、今度は俺の頭を、わしわしっと撫で回してきた。俺の髪も薄れたら嫌なので、正直言ってやめてほしい。
「それと。ネロのこと、残念だったな」
「それも半年前に聞いた」
「……そうだったな」
そうして、あれー?俺ボケてきたのかなー?まだ若いんだが?とか言いながら、イサークはこの場を去っていった。
「イサークさん、あれどう見てもボケてるわよね」
そっと、隣にやってきたリサが俺に、小声でそう言った。
「恐らく若年性健忘症かと思う。ああ見えて何かと苦労が多いからな、奴は」
「さりげなく酷いこと言うわよね、アウロって」
片付けが終わったらしく、リサもリサで、じゃ、と言って自分の部屋へと戻っていった。
『ね、あなたもそう思わない?』
『何がだ』
『人間の子供って、とても可愛いわよねって話!』
『そうか?俺からすれば、人間そのものが醜い気がするが』
『そんなこと、言っちゃダメよ。人間にだって良いところがあるんだから!』
『はぁ……。ルーチェ。全く君は本当に――』
翌日の朝。
「ごはんごはん、あっさごはんーっ」
食堂に、サシャの声が響く。相変わらず元気だ。
「あれー?アウロどうしたの、ぼーっとして。ご飯食べたくないの?」
サシャのその言葉に、一瞬はっとなる。ぼーっとしていたのか、俺?
「食べたくないなら、その目玉焼きもらっていいー?」
「別に構わないが」
「ほんと!?わーいっ」
「……」
うん、確かにぼーっとしてるな俺。その原因は恐らく、昨日見た夢だろう。確か、俺が女になっている夢だった気がする。はっきりと、夢の中の俺がどういう姿をしていたのか、覚えていないので何とも言えないが。女になった俺は、ルーチェとか呼ばれていたような。そして、俺のことをルーチェと呼んだ人物の顔も姿もはっきりとは覚えていない。
「もー、本当にぼーっとしてどうしたの!」
「いや……。なぁ、サシャ。もし俺が女になったらどうする?」
思わずそんなことを、まだ幼い子供に聞いてしまった。当然、サシャは「え?」とキョトンとしていた。
しかし、それも束の間で。
「面白いから、笑う!アウロお姫様って呼ぶー!」
と、アハハーと笑い出した。別に笑ってくれても構わないのだが、何だか複雑な気分だ。
そういえば、他にも聞きたいことがあった。それも聞いてみるか。
「そうか。……では、もう一つ質問してもいいか」
「なにー?」
「もし。君を引き取りたいという人が現れたら、それでここから離れて遠くに行かなければならないとなったら。君はどうする」
昨日のヨハン達の話を盗み聞きしてから、俺がずっと胸に抱いていたことを、今この場でサシャに聞いてみることにした。今度もまた、サシャはキョトンとした。
しばらく、サシャはうーん、と何を言えばいいか悩んでいるようだった。しばらくして。
「その時になってみなきゃわからないけど、でもここの皆とアウロが一緒なら、ここから離れてもいい!」
「……」
皆と俺が一緒なら、か。サシャらしいと言えばサシャらしい。しかし、それが叶わないとなったら?
サシャはなんと答えるのだろう。
しかし、流石にまだ7歳の子供にそこまで聞くつもりもなく。俺はただ、そうか、とだけ言った。
「朝ごはん食べ終えたーっ!昨日もアウロと遊べなかったから、今日こそ一緒に遊ぶ!」
そう言うと、サシャは机から立ち上がり、俺の周りではしゃぎ出す。
「そうだな。すまない、もう少しだけ待ってくれ。片付けをするから」
その時だった。
突如、悲鳴と轟音が外で鳴り響いた。
この悲鳴は、リサだ。
「リサ!?」
思わず俺は、とっさに立ち上がる。俺の周りではしゃいでいたサシャも突然の事態に驚いたのか、俺に抱きついた。サシャの顔を見ると、彼女の顔は恐怖で満ちていた。
「サシャ、俺は今から、外で何が起きたのか様子を見に行く。君は部屋から一歩も動いてはいけない、わかったな?」
サシャの目線に合わせるように、俺はしゃがみ込み、震えてる彼女の両肩に俺の両手を乗せて、俺はそう言う。しかし、サシャは首を横に振った。
「怖い……。私を1人にしないでっ」
「心配しなくて良い。すぐに、5分以内には戻ってくる」
俺は真っ直ぐサシャの目を見る。俺の想いが伝わったのか、サシャはしばらくすると、こくっと頷いた。それを確認した俺は、すぐに食堂を飛び出す。
廊下に出た時点で、そこももう、ボロボロになっていた。先程の轟音が原因だろう。
「アウロ!」
そこでイサークと鉢合わせした。無事だったようだ。
「イサーク。一体何が」
「天使だ。天使達が襲撃しにきた」
「!」
「とにかく、俺は子供達を連れて避難する。サシャはどこにいる!」
「食堂にいる。サシャを頼む。そしてリサの身に何か起きたらしい。俺は彼女を助けてくる」
そうイサークに告げた後、俺は再びその場を飛び出す。イサークが後ろで何かを言っていたような気がするが、そんなことはどうでもよかった。
リサの声が聞こえたのは外。恐らく中庭だ。急がなければ。
俺にしては珍しく、息を切らすくらいとても感情的になって中庭まで疾走していた。
無事でいてくれ、リサ――!
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