第7話 王族の血を引く子供

「王立騎士団の方が、わざわざ王都からこんな辺境の孤児院に用がある、と……」


「そうです。ある子供を引き取りたくてね」


 とりあえず、ヨハン・シュトラウスという男がここに何か用があるらしいということをイサークに伝えると、イサークには「その方を客室に案内しろ」と言われた。なので、俺はそのヨハン・シュトラウスを客室に案内し、その部屋にあるソファに座るようにと告げた。しばらくすると、イサークも客室へとやってきた。


 イサークには席を外すようにと言われた俺だったが、ヨハンという男のことが気になるということもあり、部屋の外で聞き耳を立てることにした。


 本来ならば、誰かが大事な話をしているのを部外者が聞き耳を立てるというのは良くないだろう。俺としてもそういうのは趣味じゃない。


 しかし、ヨハンから不穏な気配を感じ取った俺は、ヨハンが一体何の目的でここにやってきたのか、どうしても知りたいということで、こんな悪趣味なことをするのだった。


「引き取るとは誰を」


 イサークもヨハンから何かを感じ取ったらしく、やや警戒しているようだった。微かではあるが、その声からは少し威圧感があった。


「サシャ・パラケルスス。その子です」


「サシャをですか」


 明らかにイサークが動揺しているのが声の響きでわかった。俺としてもそうだ。


 なぜいきなりやってきて、いきなりサシャを?


 なるべく音を出さないよう、極力注意を払いながら、俺は更に続きを聞こうとする。


「確かにサシャには、他の子供と違ってずば抜けて記憶力が良いという才能があります。ですが、だからと言って何の前触れもなく突然やってきたあなたに、そうすぐにサシャを引き渡すわけには」


「もちろんその子を、突然ここを訪れた私に今すぐ引き渡せとは言いません。それに引き取るための手続きとか色々ありますからね」


「何のためにサシャを?」


 それは俺が一番聞きたいことだった。どうしてこの男は、いきなりサシャを引き取ろうと言うのだろう?サシャの記憶力が良いからという理由だけではない気がする。


「この国の、国王がつい一昨日、お亡くなりになりました」


「国王がですか。確かに最近、陛下は何やら体調がよろしくないと、この辺りでも噂にはなっていましたが、まさか……」


 この国の国王が亡くなった、か。この国の国王、フォーレン王と言えばどの国の王よりも賢明で博識であるとのことだった。実際会ったことはないので、何とも言えないが。だからか。天使が襲ってくることを除けば、この国は他と比べて比較的豊かで平和な方だった。


 しかし、その国王の死とサシャに何の関連が?イサークも俺と同じことを思ったらしく、ヨハンに同じことを聞いた。


「それで、国王の死とうちのサシャと、どう関係が……?」


「その子は、いや、サシャ様はフォーレン王家の血を受け継ぐ方なのです」


 は……?いきなりのヨハンのその言葉に流石の俺も動揺を隠すことができなかった。つい声を出しそうになるが、何とかこらえることができた。イサークも驚いたからか「はぁ!?」と素っ頓狂な声を出していた。 


「驚かれるのも無理はありませんよね、いきなりこんなことを打ち明けられたんですから。でも事実です」


 イサークが素っ頓狂な声を出したにも関わらず、それでもなお、余裕そうに淡々と言葉を紡ぐヨハン。


 しかし、まさかサシャが王家の血筋の者だったとは、予想外過ぎる。サシャのイメージと王家をどうしても結びつけることができなかった。


「何してるの?」


 後ろからいきなり声をかけられたので、ぎくりとして、再び声を出しそうになる。誰だと思い、振り返ると、そこにはリサが立っていた。


「リサ、何でここに?」


「何でって、お茶を出しに決まってるでしょ。お客様がお見えになったんだから」


 確かにリサは両手に紅茶の乗った盆を持っていた。そんなリサは俺を怪訝な目で見る。ドアの横の壁に張り付いていたからかもしれない。


「あんた、まさか聞き耳立ててるの?なんて悪趣味なの……」


「うるさい、それよりも静かにしてほしい。今、とんでもない事実を聞いてしまった」


 リサの言葉をすかさず遮る。軽蔑の眼差しを向けられていた気がするが、そんなのは無視だ。


「はあ?」


 訳のわからなさそうな顔をするが、それでも何かを察したのか、リサもすぐに静かになり、俺と同じくイサーク達の言葉に耳をすます仕草をする。と言っても盆を持ちながらだったけど。


 相変わらずヨハンは何かを言っていた。


「今は亡き国王が体調を崩されてから、数々の医者達が王の診察をしたのですが、誰も彼もが体調不良の原因は不明とのことでした。このままでは王の余命も幾ばくもないと。そこで、我々、王族の関係者はあることを思い出したのです」


「あることとは」


 イサークはヨハンに聞き返す。あることとは一体何だろう。


「7年前、王家から出奔した、王のご子息夫妻にご息女がいたということを」


 ご息女。それがサシャというわけだろうか。


「前国王の跡を継いでもらうべく、我々はあらゆる手を使って、そのご息女がどこにいるのか、そもそも生きているのか調べ尽くしました。その結果、そのご息女とはサシャ様だと判明したのです。そしてサシャ様がこちらにおられるということも」


 それでヨハンはわざわざ王都からこんな辺境の地にやってきたというわけか。しかし、俺の中で二つ疑問が浮かぶ。


 まずはサシャがここにいることについてだ。サシャがやってきたのは今から7年前。確か、あの日は猛吹雪の日だった。二人の男女がこの孤児院に突然やってきて、一人の赤ん坊を押し付けるように、当時ここに住み込みで働きに来ていた手伝いの女に渡した。それがサシャだ。そしてその男女が恐らくサシャの両親で、今は亡き王の子息夫妻だったのだろう。サシャをその手伝いに渡した後、その二人はすぐにどこかへと行方を眩ましてしまった。その後二人が二度とここを訪れることはなかった……。


 なぜ二人は大事な一人娘であるサシャをここに置いて、どこかに行ってしまったのだろう。


 そして二つ目の疑問。それは何故、その子息夫妻がサシャを連れて王族から逃げ出したのか。何もないのに、わざわざ赤ん坊のサシャを連れて王族から逃げ出すなんてありえない。当時、王家の間では権力争いでもあったのだろうか……?だからサシャを連れて逃げたとか?それに王族の関係者も関係者で、本来ならばその子息が後継者になるはずなのになぜそれを差し置いて、サシャを後継者としたのか。


 次々と疑問が湧いて出てきそうになるが、もうしばらくイサーク達の会話を盗み聞きすることにした。 


「それで、前国王の跡を継いでもらうべく、王族の血を引くサシャを引き取りたいというわけですね」


「そういうことです」


 しばらく、沈黙だけが流れた。恐らくイサークは悩んでいるのだろう。イサークにとってもサシャは大事な家族。その家族を、果たして本当にこの男に引き渡していいものかどうか。


「サシャ様を引き取らせてもらう代わりに、それ相応の金額をこちらに払わせていただきたいと思っています。どちらにせよ、サシャ様をここまで育ててくれた恩義もある」


「お金の問題ではありません。サシャをここまで育てたのも、金が目的じゃない。大事な家族だからです」


 少しむっとしたような声を出すイサーク。そう、彼の言う通り、サシャをここに置いていたのは金が目的じゃない。サシャは大事な家族だからだった。サシャをそうやすやすとヨハンに引き渡さないのもそのため。


 大事な家族を金のために売り渡さない。それがイサークという男だった。


「時間を頂けますか。このことをサシャにも話して、あの子に考えさせる時間をあげたい」


「もちろん、急ぎません」


 話が終わったのだろう。二人のうち、どちらかがソファから立ち上がる音がした。このままどちらかが部屋から出れば、部屋の側にいた俺を発見し、俺が聞き耳を立てていたことに気づくだろう。俺はとっさにリサの後ろに隠れる。 


「いや、全然隠れたことになってないんだけど」


 そうは言ってもリサ以外に隠れる場所がない。


 ガチャリとドアが開く。ドアを開けたのはイサークだった。イサークはリサの存在に気づいた。今お茶を持ってきてくれたと思ったのだろう。特にリサに対して何も突っ込まなかった。


「おお、リサ。お茶を持ってきてくれたのか。俺の分はもういい。それより、中にいる客人に出してあげなさい」


 そう言うと、イサークはそのまま部屋を後にした。ちなみに俺は気づかれなかった。


「ねえ、どうしたら気づかれない仕組みになってるの?」


 知らん。


「じゃあ、俺ももう行く」


 そう、部屋の中にいるヨハンに気づかれないよう小声でリサに言うと、俺は音を立てず早歩きでその場を後にした。リサが「しかもお茶も大分冷めてるんだけど」と言った気がするが、あまり気にしないことにした。  

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