第5話 光の悪魔(R Side)
アウロとサシャが約束をする、おおよそ数か月前の話――。
部下にばかり任さず、俺自らもアウロについて調べてみた。
俺の部下が記した記録書を片っ端から読んだりもすれば、人間に扮して――俺としては非常に不愉快だが――わざわざ人間界に出向き調査したこともあった。
しかしいくら調査したところで、これといって目ぼしい情報を見つけることはできなかった。
人間界の、ある森の中にて。
「我々天使に対抗できる力を持つ、アウロについて中々めぼしい情報が見つかりませんね」
そう言うのは俺の部下。ちらりと部下を見ると、何かを食べている。パンに野菜などが挟んだものだ。いつの間にそんなものを持っていたんだ?
「食べながら話をするな。行儀が悪い」
「すみません、でも美味しいんですよ、これ。人間ってこんな美味しいものを作るんだなー」
「……」
人間という言葉を聞いた瞬間に俺は部下が食べていた食べ物を無理矢理奪い取り、それを地面に叩きつけた。
「わっ、わっ……。な、何をするんですか!」
部下は慌てふためく。今にも泣きそうな目をしていた。しかしそれにも関わらず俺はそいつの胸倉をつかみ、睨みつける。
「お前は、何だ?」
「えっ」
「聞いている。お前は今、どういう存在として生きている?」
俺がすごい剣幕で睨みつけているからかもしれない。部下は先ほどにもまして怯えた表情をしていた。しばらくの沈黙の後、部下は震えながらも、ようやく口を開いた。
「わ、私は今っ……。主に仕える者としてい、生きています」
その言葉を聞いた俺は、鼻で笑い、部下を放してやる。その弾みで部下は地面に尻もちをつく。
「そうだ。俺もお前も、唯一神である主に仕える者。すなわち天使だ。そんな、汚らわしい人間が作ったものなどを口にするな」
「は、はい……」
「お前は、人間の作ったものを美味しいと称賛したな?本来ならば、それを主に反する行為として俺が今ここでお前を消しても良かったが……」
再び俺は部下を睨みつける。部下は「ひっ」と声を出した。天使ともあろう者が、情けない。
「しかし、お前はまだ生まれたての天使で、新任だな?まだ知らないこともあるだろう。どうして俺たち天使が人間と敵対するか、主が人間を滅ぼしたがっているか……」
「は、はいっ!でも、勉強は毎日しています。我々天使は何のために主に仕えるのかも」
「それでいい。その調子で勉強を続けろ」
俺はそう言うと、部下を睨みつけるのをやめ、部下に背を向け、再び歩き出す。
「今回の件は大目に見てやる。次はないものと思え。行くぞ」
「はいっ……」
それからも俺はアウロについて調査を続けた。しかし、依然として目ぼしい情報など見つかることはなかった。そんなある日のことだった。
「アウロ?ああ、あの英雄のことかい」
人間界において闇市と呼ばれる場所を訪れた時のことだった。フードを被った顔の見えない男が、俺がアウロについて調べていると言うと、何か知っていそうな素振りを見せた。
ちなみに。なぜ俺のような者が、このようなより汚らわしそうな場所に来たかというと。
理由は非常にいい加減になるが、それは夢に『人間界 闇市 アウロ』という単語が出てきたからだった。
俺はたまに予知夢というものを見る。夢で見た光景が現実にも起こるという奴だ。
俺はその予知夢をたまに見ては、次にこういうことが起こると事前に知っているということで、策を練ることがあった。
いつ頃からその予知夢を見るようになったのかはわからない。だが俺は、この予知夢を、主からの啓示だと捉えていた。
『人間界 闇市 アウロ』
夢に出てきたこれら三つの言葉も、ただの夢とは思えず、主からの啓示だと思った俺は、早速こうしてここを訪れたというわけだ。
そして、この闇市の中でも、何故だかはわからなかったが。このフードの男に聞くのが一番良いと、そう直感で思った俺は、この男にアウロについて聞くことにしたわけだったのだった。
「アウロについて何か知っているのか?」
「まず、人間によって造られた存在だとはよく聞くねえ。まあ天使と互角にやりあえるなんて尋常じゃないしな」
おそらくニヤリとしているのかもしれない。フードのせいで表情が――そして歳もどれくらいなのかも――わからなかったが、そんな雰囲気がした。
「それと、もう一つ。アウロが造られた存在だとして。実はある悪魔を元に造られたとは聞いたよ」
「ある、悪魔……?」
「光の悪魔だそうだ」
光の、悪魔……。光の悪魔と言えば、あいつだろうか。
過去において、天使の中で一番の力を持っていたにも関わらず、自ら主に背いたという、最初の堕天使にして悪魔達の王。
明星のルシファー。
しかし光の悪魔がそのルシファーなのかどうかはわからない。しかし光で思いつくのはそいつくらいだ。
しかし、どちらにせよ、有益な情報は得ることができたと言える。
悪魔を元に造られた、か。ならばそれを打ち倒す方法はかなり絞ることができる。
「これで、アウロを殺すことができる」
俺はそう言って笑った。今とても気分が清々しい。まるで晴れ渡った青空を見上げているようで、その青空のどこかにおられるであろう主に祈りを捧げたくなった。
「情報提供を感謝する」
「言っとくが、礼はちゃんと貰う」
男がそう言うと、俺に手を差し出す。やはり、人間というのは欲深い。
「これでいいだろ」
俺は懐から金貨の入った袋を男に持たせる。男はそれを受け取ると、どうも、と笑みを浮かべた声を出した。
「それにしても、どうしてお前はそんな情報を知っていた?」
ふと思った疑問を、男に問いかける。
「なに、長く生きていればそういう情報も自然に耳に入ってくるもんなんだよ」
「……」
なんだ?目の前がぼんやりする。めまいがした。自分を落ち着かせようと、深呼吸をする。
深呼吸すると、気持ちが少し落ち着き、目の前もはっきりしてきた。その時、あることに気が付いた。
男がどこにもいなかった。一体どこに行ったというのだろう。俺が少しめまいを起こしている間に、そうすぐに違う場所に移動できるものか?
いや、今はそんなことはどうでもいいだろう。あの男が何者かは知らない。だがそれよりも俺は、アウロをどう消そうか。それを考えるべく、早く天界に帰りたいと思った――。
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