第4話 造られた人間(O Side)


 アウロとサシャのいる孤児院の書斎室。そのドアの前に一人の少女が立っている。少女は木で出来た盆を持っており、その盆の上には、カップが乗っている。


 少女はドアをコンコンとノックした。すると、入りなさい、と中から声がする。その声を聞いた少女は、失礼しますと言い、中へと入る。


「イサークさん。アウロ、帰ってきましたね」


「そうだな」


 イサークと呼ばれた、黒髪で少し長い髪を後ろで束ねたオールバックの男が、少女からカップを受け取る。


 そのカップに入っているのは赤茶色の液体だった。その液体からは湯気が立っている。


 それをイサークはゆっくりと飲む。


「うま。今日はりんご茶だな」


「はい、この前ご近所のお婆さんが美味しそうなりんごをいくつか分けてくれたんですよ〜。お茶にしたらイサークさん喜んでくれるかなーと思って〜」


 にこにことしながら少女は言う。


 しかし、その笑顔にはもう一つメッセージが隠されていた。


 さぁ、私の作ったお茶の感想を言え。うまいと言え。


「黒っ」


「えっ、黒いって何がですか!?」


 少女はキョトンとした表情になる。そして、少し不安そうな表情になる。


「なんでもない、いや黒いと言うのはお茶のことじゃなく……。あ、お茶は美味かったぞ!甘酸っぱくて初恋の味だな」


「おっさんが、何初恋とか言ってるんですか」


「……」


 やはり黒いとイサークはそう思った。


「あ、でもお茶美味しく飲んでいただけたようで良かったです!」


 再びニッコリと少女が微笑む。


 イサークは色々とつっこみたいと思ったが、あまりにもその笑顔が眩しいので、何も言わないことにした。


 それよりもイサークとしては気になることがあった。それは先程少女の口から出たアウロについてだ。


「それよりもアウロはどうだった?元気にしてたか?一応はリサもアウロを出迎えてやったんだろ?」


「はい、相変わらずぶっきらぼうって感じでした」


 少女、リサは少しブスッとした顔でそう言った。出迎えたにも関わらず、アウロに素気なくされたのかもしれない。それで少し不貞腐れているのだろう。


「そうか」


 少し苦笑いをするイサーク。


「でも、無愛想とは言っても、アウロなりに頑張って愛想良くしようとはしてるのかもしれませんね」


「どうしてそう思う?」


「私がアウロを出迎えたとき、彼はこれをくれました」


 そう言ってリサがイサークの前に何かを差し出す。それは赤色のリボンだった。


 金髪で髪が長いリサがそれをつければきっとよく似合うだろう。


「アウロが?それを?」


「はい、土産だとくれました」


「あのアウロが珍しいな」


「アウロは」


 リサが何かを言おうとしたが、すぐに黙り込む。しかしイサークはその続きを促した。


「構わん。言いなさい」


「アウロは確かに私達人間によって造られた存在です。それで無愛想なところもあるし、人には中々理解されづらい部分もあります。ですが、彼はこのように優しい一面も持っています」


 そう言っているうちに、リサの肩はワナワナと震えてきた。そしてその表情はとても悔しそうだった。


「それなのに、彼のことを気持ち悪い、何を考えてるかわからない、不気味だという人達がいます。彼が一番最前線で戦ってくれているのに。私達を一番守ってくれているのは、彼なのに……」


「そうだな」


 イサークも少し悲しそうに微笑んだ。


 カップを本や書類などでごった返している書斎の上に置く。そしてリサに近寄り、空いた手で、リサの頭をポンポンと軽く叩く。


 アウロは人工的に造られた人間だ。


 そのせいか、昔から周囲とはうまく馴染めないところがあった。


 むしろ孤児院以外の子供に暴力を振るわれることもあった。大体はアウロが返り討ちにしていたが。


 しかし、アウロがその子供達を返り討ちにしたことによって、ますます周囲は彼を、害のない人間に危険を与える存在だと疎んだ。向こうの方からアウロに害を与えようとしたというのに。


 アウロが人工的に造られた存在だということを知っているのは実は、イサークやリサくらいでそれ以外は他の誰にも――孤児院の子供ですら――知られていない。


 それにも関わらず、アウロは周囲にこう噂されていた。


『あいつは、人の心を持たない人形だ』と。


 どうしてそう言われるようになったか。それは何が起こったとしても、アウロは表情を絶対に変えない、無表情のままだからだ。


 しかしイサークは知っていた。


 アウロにはちゃんと感情があるということを。


 それはアウロをずっと見守ってきたイサークにだからこそ言えることだった。


 アウロはただ、他の人間と違って少し表情を変えるのが苦手なだけだ。


 驚くときは驚く、怒るときは怒る、笑うときは笑う。


 だが、アウロをよく見ようともしない連中からすれば、そんなこと知るはずもなく。


 ただ、アウロを不気味がるだけだった。


 しかし、アウロが成長し、この孤児院を出て、最前線で天使達と戦うようになると、人々の態度は一変した。


 我々人間を守ってくれる英雄だと褒めたたえた。


 しかし、それは結局はただ自分達を守ってほしい一心でアウロに媚びているだけであって。その実、未だにアウロを、天使と互角にやりあえるなんて、化け物か何かじゃないかと言う者もいた。


『悪魔の血を引いているのかもな』


そういうことを言う者もいた。


「悪魔の血かぁ。あながち間違いでもねえんだよなぁ」


「えっ?」


イサークの独り言がよく聞こえなかったらしく、リサは聞き返す。


「何でもねえ。というか、リサ、もうこんな時間だぞ。早く寝ないと明日に差し障るぞ」


「えっ、あっ、本当だ!早く寝ないと、明日私が朝食当番なのに!」


お茶、飲みましたか?じゃあもう下げますよ、と口早に言いつつ、リサは盆の上に空になったカップを置く。


そうした後、それでは失礼します、おやすみなさい、と言い、リサは部屋から出ていった。


リサが出ていった後、一人残されたイサークは入り口のドアを見つめながら、ため息をつきつつこう言ったのだった。


「俺もそうだが、自分の勝手で生きる人間達。そりゃ、神も天使も人間を滅ぼしたくなって当然なのかもな」


その声にはとても自嘲的な含みがあった。

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