第12話 信じるか、どうか

 

「少し待ちなさい」

 

 病院を出たところで俺は呼び止められた。先生、齋藤さんのお父さんだ。

 

「……どうも」

 

 何か、用でもあるのだろうか。

 

「君と話がしたい」

 

 先生はゆっくりと近づいてくる。

 

「……コーヒーしかないが」

 

 俺に缶コーヒーを手渡してから「嫌いなら飲まなくてもいい」と白衣のポケットに手を突っこむ。

 

「あの、話ってのは」

 

 俺は缶コーヒーを両手で持ちながら、先生の顔を見つめて尋ねる。

 

「……君と会ったのは今日で二回目だ」

「はい」

「制服を見るに、千春と同じ学校みたいだな」

 

 俺が対応に迷い「はあ」と声を漏らせば「それは特に関係ない話だがね」と呟き、先生は息を吐き出した。

 

「……あの日から、どうだ」

 

 あの日。

 俺がこの人に助けられた日からの事か。

 

「特に何もないですよ」

 

 細々とした命の危機はあった。ただ、それでも病院の世話になるような物でもない。

 

「そうか。なら良かった」

 

 安堵したのか。

 少しの間を置いてから、再び口を開く。

 

「私も医者だ。君の入院歴も知っている。君のそれはまるで呪いだ」

「呪い……」

 

 その言葉がこの人から出てくるとは思わなかった。驚きのあまりに俺は鸚鵡返ししてしまった。

 

「すまない……娘の影響かもな」

「齋藤さん……あー、千春さんの?」

 

 目の前の先生も齋藤さんである事を思い出し、名前の言い方を変える。

 

「千春は中学の時から『呪い』とよく言うようになってな。刺青まで入れて、そんな事を宣う」

「…………」

「……年頃の妄想だ。千春には何の害も生じていない」

 

 だから、信じない。

 

「……あの」

 

 もしも、だ。

 

「僕も実は呪われてまして」

 

 そんな事を口にしたら、この人は信じるのだろうか。

 

「……そうか」

「嘘だとは、言わないんですか?」

「君は娘でもないからな」

 

 だから、それを真実だと思い込むこともしないが、嘘だと否定するつもりもないのだと。

 

「君は『呪い』の存在を信じるのか?」

 

 俺の答えを待たずに「すまない、時間だ」と告げ、病院の中に戻っていこうとして。

 

「気をつけて帰るように」

 

 途中で振り返り、そう言ってから戻っていく。

 

「……そう言うもんなんだよ」

 

 呪い、と言うのは。

 信じてもらうのは難しい。

 俺のように害のある場合は多少は可能性が高くなるかもしれないが、齋藤さんの場合は余計に。

 

「あれ、佐々木さん」

 

 佐々木、さん。

 

「まだ居たんですか、小日向さん」

「あ、あはは。良かったら一緒に帰りませんか?」

 

 俺は「いや、一人で帰るので」と断ろうとすると「一緒に帰りましょう。お礼もしたいので」と頭を下げられてしまった。

 

「────貸しは貸せるだけ貸せ、借りはすぐに返せ、そんな教えです」

 

 歩いてる途中、小日向さんが言う。

 

「?」

 

 俺が首を傾げれば、ふと微笑む。

 

「僕の家は、まあまあ裕福で」

 

 それは知ってる。

 齋藤さんから聞いた。

 

「……その分、マナーだとかにも厳しくてですね」

 

 そして上に立つものとしての心構えを教えられているのだと。

 

「それで、お礼ってのは……」

「ああ、期待されても困るんですけどね」

 

 苦笑いを浮かべた小日向さんに「別に大丈夫なんですけどね」と言っても、首を横に振って。

 

「僕の気持ちの問題なので」

 

 と。

 俺も受け取るべきだろう。

 断り続けるのも、それはそれで問題だ。特に理由もないというのに。

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幸せになったら死ぬ俺と、恋愛しなければ死ぬ彼女 ヘイ @Hei767

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