52話



「これより、緊急のレインボーミーティングを始める」



 本日の議長を務めるブルースカイ序列第六位北条重則(ほうじょうしげのり)の音頭でレインボーミーティングが始まった。



 議題は言うまでもなくオレンジパンサーの牙山大吾を打ち破った文豪寺治乃介についてである。



 まったくのノーマークであった治乃介が、いきなりレインボークリエイターズの幹部クラスを撃破してしまったことに派閥内に衝撃が走った。



 特に、今最も勢力を拡大しつつあった男の失墜を為した相手が部外者であり、新入生である治乃介という事実。驚かない方が無理からぬことだ。



「牙山大吾については、【クリエイトバトル】規定“両者の同意なく、クリエイトバトルを行うことを禁ずる”という項目に抵触したため、半年の謹慎処分としました」


「妥当だな。クリエイトバトルは、崇高なものでなければならない。当然、規定にも手順に則った方法で行う必要がある」


「文豪寺治乃介の同意は?」


「なかったようだ。いきなり同意なくテリトリーに連れ込んで、そのままバトルを行ったことがのちの聞き取り調査と本人の事情聴取で確認された」


「あの人も仕方のない人ですね。ヤンキーの喧嘩じゃないんですから、目があったらバトルスタートっていうわけにはいかないんですよ」



 【クリエイトバトル】……それは、レインボークリエイターズのメンバーたちの間で呼ばれるクリエイターたちの戦いの総称であり、己の生み出した創作物同士を使った腕比べである。



 基本的に審査はすべてのレインボークリエイターズのメンバーによる投票制を採用しており、特に序列持ち同士のクリエイトバトルについては、同じ序列持ちが審査員を務めるなど、その規模も様々だ。



 レインボークリエイターズは、枠組み的にはカラーギャングのような概要をしているものの、その実態はただの創作活動を行う同好会やサークルに近い。それ故に、集まってくる人間もヤンキーなどのアウトローな存在ではなく、そういったことを行わない一般人が多数だ。



 稀に牙山のように明らかに見た目がそっち系の人間もいるが、彼も力づくでことを起こすことを良しとはせず、あくまでも創作物での勝負にこだわりを持っている。



 だが、今回は他の派閥から干渉される前に先走った結果、治乃介の同意を得ることなく勝負に挑んだとして、厳しい処罰を受けることになってしまった。



「それよりも、問題は彼ですね」


「今の状況は?」


「手始めにレッドストロベリーとアンバーエッグの末端が声を掛けてますが、結果は思わしくないですね」


「牙山のことでイメージが悪くなってしまったか? 即戦力の彼には、是非とも我がディープグリーンフォレストに加入してもらいたかったが……」


「いやいや、それならうちのネイビーブルーマリンに」


「我らブルースカイを忘れてもらっては困る」


「静粛に!!」



 乱れかけた場を、議長の北条が声を張り上げて正す。それだけで、今回の一件がどれだけイレギュラーなことであるということがよくわかる。



 各派閥の序列持ちのメンバーの実力は決して低くはなく、いずれはプロを目指す粒ぞろいのクリエイターの卵たちだ。そんな存在を、ぽっと出の治乃介が出し抜いたことに驚きを隠せない。



「件の生徒についての情報共有を行いたいと思います。刑部さん、お願いします」


「文豪寺治乃介。文芸高校一年ℱ組に所属する文芸科の生徒で、ここ数か月特に目立った行動は取っていません。小学・中学は地元の【〇×小学校】・【〇×中学】を卒業。その間読書感想文・習字・絵画などの創作に関する賞の受賞歴はなし。唯一の特異点として母親が英雄社の副編集長をやっております」


「あの【鬼の編集】と呼ばれた武美人女編集マンか!?」


「確かに、それは重要な情報だが……いつもながらどうやってそこまで調べ上げてるんだ?」


「企業秘密です」



 北条の一声で、赤ぶち眼鏡の如何にも真面目が服を着て歩いているといった感じの女子生徒が、治乃介の詳細な情報を羅列していく。一体どうやってここまで詳細な情報を調べているのかと問い詰めるものの“企業秘密”の一言でその詳細を語ることはしない。



 刑部麻里亜(おさかべまりあ)……レッドストロベリー所属の情報解析担当にしてレインボークリエイターズの目と称される女子生徒だ。



 黒髪おさげの赤ぶち眼鏡を掛けており、その地味目な見た目とは裏腹に、彼女の持つ情報収集能力はずば抜けて高く、組織内トップの実力を誇る。一説では、下手なジャーナリストよりも情報を掴んでいると言われており、ある政治家の汚職事件をリークした人物が彼女であるという噂も出るほどだ。



 能力の高さもさることながら、決して見た目が不細工というわけでもなく、胸もそこそこあるため、一部の男子生徒から密かな人気を集めている。レッドストロベリー序列第七位。



「とりあえず、件の生徒については引き続き勧誘とクリエイトバトルの申し込みを行うことにします。次に、来たる文芸祭についてですが……引き続き刑部さん、お願いします」


「はい。文芸祭創作部門のジャンルは絵画・イラスト・詩・短歌・俳句、歌を含めたオリジナル曲そして小説の七つです。小説については、長編と短編の二つの部門に分かれており、競争率も高い人気ジャンルです。今年も各業界のスカウトマンが文芸祭を見学に来る情報を確認しており、クリエイターとして自身を売り込むには絶好の機会かと思われます」


「ありがとう。彼女の言ったように今年もレインボークリエイターズは、各ジャンルに強いクリエイターをあてがいすべてのジャンルの最優秀賞を総なめにする!! 去年は絵画と小説とオリジナル曲を他の生徒に持って行かれたが、今年は我々が最優秀賞をいただく!!」



 それから、文芸祭についての綿密な話し合いが行われ、一般の生徒たちがお祭り気分で浮かれる中、その裏では彼らレインボークリエイターズの思惑が動いていた。

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