51話
「おーし、じゃあうちのクラスはたこ焼き屋をやるってことで決定しまーす」
そして、放課後。文芸祭に向けたクラスごとの出し物を何にするかという話し合いの結果、一年ℱ組はたこ焼き屋をやることになった。
そうなった理由としては、一森のプッシュで「何か食べ物屋をやるべきだ」という後押しと、出し物について特に生徒の中で強い希望がなかったこともあって、彼の希望が叶えられる形でたこ焼き屋に決定した。
「じゃあ、文芸祭実行委員の田中と小鈴木は、文芸祭実行委員会で各クラスに割り振られる予算を受け取って、それを元手にクラス一丸となって屋台の準備をやってくれ」
「「はい」」
ちなみに、クラスごとに文芸祭の実行委員が選出されるのだが、治乃介のクラスでは健一と咲が実行委員をやることになった。
この二人、意外にも社交的な部分があり、治乃介に絡むだけでなく他の生徒とも交流を深めている。
その社交性を鑑みて実行委員として相応しいとうことで、彼らが文芸祭実行委員に選出されたのだ。
「それじゃあ、俺はこのあと職員会議があっから。ちょっと早いが、これでホームルームは終わりだ。余った時間は出し物についての話し合いに使ってくれや。じゃあ、実行委員。あとはよろしく!」
そう言って、すぐに教壇を二人に譲り、本人は椅子に座って寛ぎ始める。
それは、明らかに面倒なことを二人に押し付けるような態度であった。
そんな一森の投げやりな言動に生徒たちから呆れたような視線を向けられるも、本人はたこ焼き屋を楽しみにしているのか、その視線に気付いた様子はない。
もっとも、文芸祭のクラスごとの出し物に関して生徒の自主性を重んじるという名目から、担任が介入することは基本禁止されている。
そういった事情もあり、一森が余計な口出しをしないというのは決して職務怠慢からくるものではない。それは生徒たちも理解している。しかし、その明らかに“面倒なことは生徒にやらせればいいだろう”という態度は、介入禁止にかこつけたサボりであると勘繰ってしまうのだ。
兎にも角にも、細かい話し合いをしなければ前に進まないということで、さっそく健一と咲が主体となってクラスメイトと話し合いを進めていく。
「それでは、実際にたこ焼きを作ったり接客対応したりなどの店舗運営を行う係と、看板などの設備を作製する係を決めたいと思います。店舗運営希望者は挙手をお願いします」
「ん」
たこ焼き屋といっても、それほど大掛かりなものはなく、精々がたこ焼きを作ったり接客をする店舗運営と看板などその店舗の設備を作製準備する二つの役割に分かれる程度だ。
まずは立候補を募って咲が手を上げさせると、意外にも治乃介がこれに手を上げた。なぜ彼が店舗運営に挙手をしたかといえば……。
(屋台用のたこ焼きの鉄板なんて、なかなか家で使う機会ないからな。ここは後学のためにも、使っておくべきだろう)
一森と同じくたこ焼きを食べたかったのかと思いきや、たこ焼きを焼くための鉄板に興味があったご様子。どこまでも、彼の脳内にあるのは家事に関連したことらしい。
それから、設備運営と設備制作をする役で生徒が半々くらいに分かれたところで、その日は終了した。
「よお、大大先生。おまえさん、ホントに文芸祭で出品しないのか?」
「ん?」
放課後になったタイミングで、帰ろうとした治乃介に健一がそんなことを言い出す。
おそらくは、昼休みの零の言葉を聞いての問い掛けだろうが、そもそも治乃介本人に文芸祭というもの自体に興味がなかった。
かろうじてたこ焼き屋の鉄板での調理に彼の琴線が触れている程度であり、文芸祭でなにか自分の作品を出してみようという気はさらさらない。
そのことを伝えると、残念そうな顔をしながらも、すでに彼が書籍化を達成している人気作家であることを思い出し、文芸祭でそういったPRをしなくとも問題ないことに思い至る。
「そうか、大大先生ならいいところまでいけると思ったんだがな。まあ、忙しいだろうし、気が向いたら短編でもいいから出してみるといい」
「……」
それを聞いた隣の席の美桃が、短編という手があったかと思案顔になる。書籍一冊分の文字数は十万文字程度と言われており、忙しい中で十万文字というまとまった作品を生み出すのは難しい。だが、短編であれば五千文字程度から出品が許容されているため、それであればいけそうなのだ。
「文豪寺君は、文芸祭で出品しないんだよね?」
「ああ」
「そっか……」
一縷の望みで美桃が治乃介に問い掛けてみるも、返ってきた答えは予想通りのものだ。
美桃としては、治乃介が文芸祭に出品するのであれば、忙しい時間の合間に短編を執筆する気になっていた。しかし、肝心の彼が動く気配がないため、今回の出品は見送りとなりそうだ。
周囲から期待の眼差しを向けられつつも、相変わらずマイペースな治乃介はたこ焼き屋に想いを馳せつつ、帰宅した。
「おーちゃん。文芸祭で短編小説を出しましょう!!」
「……え?」
帰宅して開口一番そう言ってきたのは、みゆきだった。どういうことかと治乃介が問い詰めれば、プロの小説家を目指す文芸高校の生徒にとって、文芸祭は登竜門のような位置付けとなっており、のちに大成した文芸高校出身の小説家は、文芸祭でなにかしらの賞を得ているらしい。
「だから、おーちゃんも出しましょう!!」
「でも、俺もうプロで活躍してるんじゃないの? それに今書いてる小説はどうするのさ」
そうなのだ。治乃介はもう自身の作品が英雄社から出版されており、テレビCMまで流れるほどの人気作となっている。
現在、その作品を巡って帝流聖と売り上げ部数三倍ハンデ戦の最中であり、三巻目を執筆中なのだ。
ちなみに、あのあと再び帝流聖が英雄社を訪れ、勝負の期間についてどうするのか聞いてきた。治乃介とも話し合った結果、勝負の期間は発売から三か月後十一月の末までとすることになった。
その時点での発行部数ではなく、実際に売れた総売上部数を見て勝敗を決めるということになったのだ。
余談だが、その話し合いの際、再び治乃介が「大した用もないのに他社の出版社に顔を出すな」と正論を炸裂させ、流聖が撃沈する一幕があったことは言うまでもない。
そして、今治乃介が行っているのは、次の三巻に向けた執筆であり、作家として重要な時期に入っていた。
「とりあえず、二巻まで出せてるから三巻については発売時期が多少ずれ込んでも調整可能よ。だから、その期間を利用して文芸祭に出品してほしいの」
「でも、桜井さんも出品を渋ってたけど?」
「……もしもし、美桃(みとう)先生? 今年の文芸祭におーちゃん、無名先生も短編で小説を出すことになりましたので、あなたもどうですか?」
治乃介が美桃について言及すると、すぐさまみゆきは彼女と連絡を取る。そして、治乃介が出品することを知った彼女は即座に自分も文芸祭に出品することを決意した。
「では、よろしくお願いしますね。……というわけで、あの子も出品するみたいよ?」
「わかった。それなら、やってみよう」
「そう、よかったわ!」
ここまで外堀を埋められてはやらない選択肢はなく、みゆきの要求を呑むことになった。仮にここで治乃介がごねた場合、軽い肉体裁判が待っていたのだが、彼女と長い付き合いがある彼はそのラインを熟知していた。
というわけで、急遽文芸祭に小説を出品することになってしまった治乃介であったが、この出来事が再び彼に注目を集めることになってしまうとは夢にも思っていなかったのだった。
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