50話
「文豪寺! 俺と勝負しろ!!」
「いえ、私と勝負よ!!」
「いいや、俺だ」
「お姉さんと、いいことしましょ!!」
牙山大吾との戦いに勝利した治乃介を待ち受けていたもの。それは、勧誘の応酬ではなくレインボークリエイターズの所属員たちによる腕試しの申し込みだった。
オレンジパンサーの序列第七位を打ち破った情報は、勝敗を決定する際の投票をレインボークリエイターズに所属する人間が行っていたこともあって、瞬く間に広がった。
その結果、その不透明だった治乃介の実力が明らかとなり、彼の勧誘よりも自身の腕を試すという意味で突撃する者たちが激増することになってしまった。
そのことに困惑の色を隠せない彼だったが、自身に興味のないことは一切行わない性分なため、突撃してきた者を振り切って教室へと向かった。
「よお、大大先生!! なんか、朝から騒がしいな」
「なんだその呼び方は?」
教室に入ると、すぐに健一が絡んでくる。
治乃介が無名玄人だと知ってから、以前の呼び方である“大先生”から“大大先生”に変化していた。そのことを指摘すると、健一は得意気な顔をして宣った。
「太宰治の治に芥川龍之介の介で治乃介っていう名前だから“大先生”なら……本当に作家先生をやってるおまえは、その上の“大大先生”ってことになる」
「……」
一応配慮しているのか、後半部分の作家をやっていることについては、他の生徒に聞こえないよう声を潜めた状態で説明する。
あのあと、一年ℱ組の教室に戻り彼らで話し合った結果、治乃介が無名玄人であるという情報は秘匿されることになった。
彼自身、自分が今話題の新人作家であることを知られても問題はなかったのだが、それを知られた時に起こる弊害を考えれば、黙っておいた方がいいと現役ラノベ作家の美桃と零の助言によって秘匿する運びとなった。
彼女たちもただ明るい作家ライフを送ってきたわけではなく、当然いろいろと言われてきた過去があった。
作品に対する批判的な意見から、同業者の妬みによるありもしないデマを流されたりと、決して軽くないことが起きていた。
年齢的にも未成年ということもあって、社会的な信頼がないということもあり、彼女らが世間に受け入れられるのにある程度の時間が掛かっていた。
そんな苦労を知っているからこそ、治乃介のことについても危惧しており、場合によってはそれで一人の作家が潰れてしまうなどということも起こり得ると二人は考えていた。
実際、周囲の風当たりが強かったがために才能ある作家が活動を止めてしまうことは珍しくはなく、そういった読者や周囲の声というものはクリエイターに大きな影響を与える。
特にマイナスの意見については、たとえその意見が少数派であったとしても、ポジティブな意見より何倍も悪目立ちをする。
逆に、その意見に反発する感情を原動力として良作を作り上げたりする人間もいるが、大抵の場合モチベーションが下がることは避けられない。
クリエイター(供給する側)にとってユーザー(需要する側)はなくてはならない存在ではある。だが、その供給を続けるか止めるかはクリエイターに選択権があるのだ。
だからこそ、ユーザーは忘れてはならない。“利用してやっている”のではなく“利用させていただいている”ということを……。
だが、ユーザーとしても特定のコンテンツに不満がありそれを改善してほしいと願うことは至極真っ当な感情である。そのため、特定のコンテンツの違和感や不満点を指摘することで、主観的に捉えることしができなかったクリエイターが客観的に自身の創作物を見ることができるということもまた事実であるため、そのあたりの兼ね合いをどうするのかは如何ともしがたい。
クリエイターの“こうしたい”という思いと、ユーザーの“こうしてほしい”という思いが重なったものこそ良作と呼ばれるものであり、人気コンテンツ足り得る要素なのだ。
話を戻すが、心無い人間の言葉によって創作活動自体を止めてしまう可能性があることを知っている美桃と零は、その可能性自体を潰すべく無名玄人について知り得た情報を秘匿する方向に誘導したのだ。
「そういえば、今日は【文芸祭】についての話し合いがある日だったな」
治乃介の非難染みたジト目から逃れるように、健一が話題を変える。文芸高校における一大イベントの一つ、【文芸祭】の時期がやってきた。
毎年趣向を凝らした催し物が開かれる文芸高校だが、その中でも特に世間から注目を集めているのが文芸祭だ。
文芸という名前を冠するだけあって、その内容は芸術を主題とする催しが多く、絵画・イラスト・詩・小説・和歌・俳句などなど多岐に渡る。
特に絵画と和歌・俳句については、のちの画伯や名詩人の学生時代の作品ということで、現在では数百万から数千万というとんでもないプレミア価格が付いているものも存在する。
文芸高校の生徒にとって文芸祭は、自身の作品を世にアピールできる舞台でもあるのだ。
「と、いうことで勝負よ!!」
「「……」」
その日の昼休み。零がいきなりやってきたと思えば、治乃介と美桃を交互に指差しながら高らかに宣言する。
一方でわけのわからない二人は、ただ彼女を見つめ返すだけであり、何を言われているのか理解できなかった。
そんな二人を見て憤る零だったが、すぐに説明をしてくれた。
「近々、この学校で【文芸祭】があるのは知っているわね。その文芸祭では、ありとあらゆる分野の芸術に焦点を当てたコンテストが開かれる。もちろん、小説もね。だから、その小説部門であたしと勝負しなさい!!」
そう言いながら、再び指を向けてくる零だったが、二人の反応は相変わらず寒々しいものだった。
美桃は今手掛けている小説の新刊発行に向けて、追い込みの真っ最中であり、はっきり言って今の時期かなり忙しい身だ。そんな中、新たに小説を書けとは一体どんなブラック企業だと突っ込みたい。
治乃介は治乃介で、この時期は衣替えの時期に入っており、あと数か月もしないうちに冬のシーズンに突入する。そのため、少々早めに冬物の服や生活物資を購入しなければならず、彼も新しい小説に時間を割いている暇はないのだ。
「「断る(ります)」」
「なんでよ!?」
二人の返答に思わず叫ぶ零であったが、すぐに冷静になってその答えに辿り着く。
「ははぁーん、さてはあたしに負けるのが怖いんでしょ?」
「「いや(いいえ)、ただそんなことをしているほど暇じゃないだけだ(です)」」
「ズコー!」
ふんぞり返って挑発めいたことを口にする零であったが、特に反応することなく、ただ淡々と事実を口にする。
治乃介は別として、この時期作家たちは【あのライトノベルがやべぇ】の上半期編の発売を受け、次の下半期に向けて動き出しているのだ。
それが証拠に、今月と来月の新作ラノベの発行数がいつもの二倍以上となっていることを考えれば、今の時期がどれだけ忙しいかは理解できるはずだ。
だというのに、そんな中で文芸祭のコンテストに向けて、新作の小説を書いている余裕があるのかと問われれば、二人でなくとも首を縦に振ることはないだろう。
もっとも、治乃介の場合現在執筆中の【勇者伝説】については、家事をやっている片手間で書いているところがあり、その間に新作小説の執筆を差し込もうと思えばできなくはないだろう。
だが、彼はそれを絶対にしない。それはなぜか?
なぜならば、現在執筆している【勇者伝説】は先ほども言った通り家事の片手間に書いているものなのだ。つまりは、その間に他の小説を執筆する仕事を入れてしまうと、治乃介にとって本業である家事に支障をきたしてしまう可能性が出てくるのである。
それは、彼にとっては許容できない由々しき事態であり、万が一家事に支障が出そうになった場合、彼は躊躇うことなく小説の執筆を切り捨てるだろう。
それだけ治乃介にとっては、家事というものが最上位に優先されるべきものなのである。
「本当に執筆しないの?」
「ああ、そんな暇はない」
「あなたも作家なら、この時期どれだけ忙しいかわかるでしょ?」
「むぅ~! もういいわよ!! あたしだけコンテストに出て一番を掻っ攫ってやるんだから!! 精々、悔しがるといいわ!!」
そう捨て台詞を残しながら、ぷりぷりと意外にも可愛らしい怒りかたで零は教室を去って行った。
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