45話
「おらおらおらおらおら!!」
対戦がスタートすると、部屋の中に気合の入った声が木霊する。
その声を発している主に視線を向けてみると、そこには治乃介の対戦相手である大吾の姿があった。
「これをこうして、こうしてこうだ!!」
「な、なんという力強い執筆姿だ。俺は今、猛烈に感動している!」
「執筆というか、これは」
「……」
「ただ馬鹿みたいに叫んでるだけじゃない」
大吾の執筆スタイルは、その気迫に満ちた大音声を伴って執筆作業を行うという独特のスタイルであり、対戦相手はそのあまりの大音声と勢いに自分のペースを乱され、執筆に集中するどころの話ではなくなるのだ。
しかしながら、それはただただ大の男が子供のように叫び散らしているだけにも見えるため、大吾を知らない人間からすれば、うるさいだけの木偶の坊に見えることだろう。
それが証拠に、健一は大吾の執筆スタイルに感銘を受けているようだが、咲や美桃や零の女性陣には不評らしく、その奇抜なスタイルに眉をひそめている。
さて、そんな中肝心の治乃介はといえばだ。未だノートパソコンに触れてすらおらず、ただ腕を組んで目と瞑り瞑想している。
「さっきから文豪寺君、全然手が動いていないわ」
「このまま何もしないと、時間が足りなくなってしまいます」
「ちょ、ちょっとなにをしてるのよ! さっさと書きなさいよ!!」
治乃介の現状に焦りを覚える女性陣だったが、治乃介は至って冷静であった。
ちなみに、先ほどまで大吾の姿に感動していた健一はといえば、咲のショートアッパーを顎下に食らって絶賛ノックダウン中だ。
そんな光景に零と他の生徒は困惑したが、治乃介や美桃はいつもの二人の関係性を理解しているため、彼らにとっては通常運転であった。
「……よし」
治乃介が瞑想に入ってしばらくすると、一言ぽつりと呟き、ここでようやくノートパソコンに手を置く。
「おらおら、どうした文豪寺! 手がまったく動いてねぇじゃねぇか!! 俺の気迫を見て、怖気づいちまったか?」
「ただ叫んでるだけの人間にどうやって怖気づけばいいんだ? あんたは差し詰め、ガタゴトと騒音を発する壊れた乾燥機がいいところだ」
「言うじゃねぇか。それが虚勢じゃねぇっていうんなら、おまえのポテンシャルを見せてみろよ!!」
大吾の挑発を受け、ここでようやく治乃介が動き出す。ノートパソコンのキーボードに両手を置き、息を一つ吐き出しながら目を瞑る。そして、彼の目がパッと開かれた瞬間、周囲の空気が一変した。
それは、対戦相手の大吾をも呑み込み、そこには音一つない静寂が場を支配する。
その場にいた全員が治乃介の姿に引き込まれ、誰も声一つ出すことができず、身動きすら取れない状態だ。
ただ唯一音が存在しているとすれば、それは彼がキーボードを叩いている音のみであり、静寂が支配する空間の中で唯一の音源と言ってもいいものであった。
その変わりように最も驚愕したのは、対戦相手の大吾だ。
あの早乙女乱菊との一件で、モニター越しに何かただならぬものがあることを察知していたレインボークリエイターズの連中だったが、実際のところ治乃介の実力は未知数であった。
かく言う大吾自身もどこか半信半疑なところがあり、今回治乃介に戦いを挑んだのも、彼の秘めたる力がどの程度のものかを知るためだったのだ。
もっとも、ヴァイオレットローズのように実際の実力を確かめるまでもなく、先手を打って勧誘を行う連中もいる。だが、基本的にはその実力が明らかとなるまで静観するという意見が大半であった。
「な、なんだこいつは? これがこいつの持ってる本当の力とでも言うのか……」
圧倒的覇者の資質……それは相手を威圧するだけに及ばず、自身との実力差を明確に理解させるためのものであり“絶対に埋められない才能の差”を叩きつけるものだ。
乱菊ですら同格と認めた才能が平凡であるはずがなく、それはまさに天空を支配する龍が如しである。
周囲が戦々恐々となる中、治乃介の心中はといえば、至って静かであった。
それは、まるで波紋一つ起きない水面のようで、彼の心中はまさに明鏡止水が如くである。
(くっ、負けらんねぇ! 俺はオレンジパンサー序列第七位牙山大吾様だ!! こんなぽっと出の小僧などに気圧されてたまるか!!)
治乃介の姿に一瞬気圧される大吾だったが、すぐに正気に戻り、彼を同じくキーボードを叩き始める。
しかし、先ほどの叫びは一切なく額に汗が滲んでおり、明らかに焦燥しきった様子だ。
一方の治乃介はといえば、ただただ淡々と自分のペースでキーボードを叩き、与えられた課題に沿って文を構築していく。
それは、家事で言うところの上から下へ埃を落とし、最終的にすべての埃を床に落として回収するという工程と同じであり、そういった意味では治乃介の得意とするところであった。
「そこまで! 両者ノートパソコンから手を離してください!!」
そんなこんなで、一時間という時間はあっという間に過ぎ去り、勝負開始を宣言した生徒が同じく勝負終了の合図をする。
「……じゃあ、これを【ナナちゃんねる】に投稿するぞ」
「ナナちゃんねる?」
「我らレインボークリエイターズが独自に運営する掲示板型の個人サイトだ。そこに、今執筆した小説の入ったファイルをアップロードする。サイトに併設されている投票機能を使って、レインボークリエイターズの全所属員たちが面白かった方に票を入れる。勝敗は、その獲得した票の多かった方が勝者だ」
「なるほど」
そう言いつつ、オレンジパンサーの生徒が必要な手続きを済ませ、投票機能を使って二人が書いた小説をアップロードした。
そして、全員にその投票の様子が見れるよう、プロジェクター機能を使ってノートパソコンの画面を拡大した画面が映し出される。
そこに映し出されたものは、以下のようなものであった。
【オレンジパンサー序列第七位牙山大吾】 VS 【文芸高校一年F組文豪寺治乃介】
題材:【春】
投票結果:牙山大吾0票 VS 文豪寺治乃介0票
両者の小説が掲示板にアップロードされて十数分後、読み終えた者が続々と投票をしていく様子がプロジェクターに映し出されている。
投票結果:牙山大吾14票 VS 文豪寺治乃介4票
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投票結果:牙山大吾26票 VS 文豪寺治乃介13票
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投票結果:牙山大吾34票 VS 文豪寺治乃介24票
「ああ、負けてる!」
「このままじゃ……」
「頑張れ」
「負けるんじゃないわよ!!」
健一たちが応援する中、徐々にその差が開いていく……かに見えた。
だが、彼らの応援が届いたのか、その差が次第に逆転していく。
投票結果:牙山大吾44票 VS 文豪寺治乃介36票
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投票結果:牙山大吾52票 VS 文豪寺治乃介49票
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投票結果:牙山大吾59票 VS 文豪寺治乃介63票
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投票結果:牙山大吾77票 VS 文豪寺治乃介93票
「ば、馬鹿な!? この俺様が、押されているだと……」
プロジェクターに映し出される光景を、信じられないといった様子で大吾は眺める。
自身の実力を信じて疑わなかった彼にとって、この状況は何かの間違いであると考えていた。
だが、映し出される確かな事実がそこにあり、それは数字として確かな証拠を残している。
そして……。
最終投票結果:牙山大吾133票 VS 文豪寺治乃介179票(文豪寺治乃介の勝利!)
最終的に文豪寺治乃介の勝利という結果となった。
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