44話
「文豪寺はいるかぁー!!」
翌日の朝一番に治乃介が登校すると、昨日と同じく教室の扉が勢い良く開かれた。
そこにいたのは、昨日治乃介を体育館裏に呼び出した大吾がいた。
治乃介を見つけた大吾は、ずかずかと彼に歩み寄り、そこにあった机に両手を叩きつけた。
「俺様の誘いを蹴るとはどういうつもりだ? 言ったはずだよな? 放課後、体育館裏に来いって」
「行くとは一言も言ってない。そこは、俺の了承を取らなかったあんたの落ち度だ」
「ぐっ、まあいい。じゃあ、今日こそは俺様に付き合ってもらうぞ。放課後、待っていろ」
治乃介の言葉にも一理あると思ってしまった大吾が言葉に詰まる。
であるならばと、彼が改めて治乃介に約束を取り付ける。
といっても、感覚的に断られることを感じ取ったのか、今度は自らが放課後出向くと言うあたり、見た目が厳つくても彼が不良ではないことが窺える。
それが証拠に、呼び出しを蹴られたことに対して抗議はしたものの、胸倉を掴むなどの乱暴はしなかったのだから。
今度こそ治乃介の実力を見極めることができることが嬉しいのか、意気揚々と教室を出ていく大吾であったが、治乃介からすれば迷惑もいいところであり、彼からすればとんだ災難である。
「やれやれ」
そう呟きながら、治乃介は諦めたかのように放課後大吾がやってくるのを憂鬱に感じながら、その日の授業を受けた。
そして、すべての授業が終了し放課後となった。
「文豪寺はいるか! ……どうやら、逃げなかったようだな。いい心がけだ」
「……」
そりゃあ、ホームルーム終了のチャイムが鳴ったと同時にやってくれば逃げる暇などないだろうと、治乃介は心の中で突っ込みを入れる。
「はあ、それで何か俺を試すみたいだけど、何をするんだ?」
「そうだな。逆に聞くが、何ができる?」
「家事は得意だ。炊事・洗濯・掃除、何でもござれだ!」
「それは創作じゃねぇ! 例えば、絵が描けるとか、漫画が描けるとか、小説が書けるとか、創作に関係するなにかができないかって聞いてんだよ」
大吾の問い掛けに、治乃介は家事ができると即答する。
だが、それは彼が求めていた答えではなかったらしく、すぐに具体的な質問に切り替えてきた。
「その中で言ったら、小説かな」
「っ!?」
治乃介の言葉に最も反応を見せたのは、隣の席にいた美桃だった。
自身が小説家として活動している手前、彼の“小説が書ける”という言葉に興味を抱くのは至極当然である。
ましてや、彼の内に秘めたる才能をなんとなく感じ取っている彼女にとって、その言葉は決して無視できるものではなく、思わず聞き耳を立ててしまうのは仕方のないことである。
「ほう、小説か。ちょうどいい、俺様も得意分野は小説だ。来な、戦いのステージを用意してある」
「わかった」
「ま、待って。私も行っていいですか?」
「あ?」
話がまとまりかけたその時、美桃から同行したいという申し出があった。
いつも感情をあまり表に出さない彼女には珍しく、なにやら真剣な表情を浮かべている。
「別に構わねぇが」
「お、俺も行く!」
「わ、私も!」
「オーケー、オーケー。ギャラリーが何人いても問題ねぇ。来たいやつは来りゃあいい。てことで、ついてこい」
美桃の言葉を皮切りに、普段治乃介と仲良くしている健一と咲も同行を申し出た。
特に困るわけでもないため、彼女らの申し出を大吾は許可する。
治乃介についていくメンバーは、美桃と健一と咲の三人だと思われたが、意外にも先ほどまでホームルームをしていた担任の一森もついてくるようだ。
「担任として、見過ごすわけにはいかないからな」
というのはもちろん建前であり、推しの息子の動向が気になるだけなのだが、治乃介は気にした様子はなく、すたすたと歩いていく。
「あぁー、あんた!」
「あ、みさ――」
「“みまさか”ね! “みさく”じゃない!! てか、いい加減、人の名前を覚えなさいよあんた!」
歩いている道中、ちょうど下校しようとしていた零と出くわす。
ぞろぞろと固まって歩いている治乃介たちを見て、穏やかではないなにかが始まろうとしていることを察知した彼女が説明を求めてきた。
「あたしもついて行くわ! 問題ないわよね?」
事情を聞いた彼女は、面白そうだと言って同行を申し出る。
零が来ると聞いて、美桃が一瞬だけ眉を寄せたが、断る理由が見つからなかったのか、次の瞬間にはもとの表情に戻った。
彼女がついてくることに異論はなかったため、同行はすぐに許可された。
零を新たに仲間に加え、大吾の案内で連れてこられたのは、専門的な設備を伴った特殊教室がある棟の二階で、理科準備室であった。
そこには、よくわからないラベルの張られた薬品が収納してある棚や、七不思議にも出てくる“動く人体模型”の人体模型など、理科の実験に使用する薬品や備品が所々に置かれている。
中に入ると、複数人の生徒がたむろしており、それはまさにカラーギャングのような独特な雰囲気が漂っている。
しかし、彼らはあくまでも創作活動を行うことを目的とした集団であり、暴力など法に触れるようなことは一切行わないクリーンな組織である。
室内にいた人間の中には、アウトローな雰囲気を持っている者もいるが、それはあくまでも見た目がそう見えるだけであり、中身は意外というのは失礼かもしれないが、割とまともなのだ。
「牙山さん、連れてきたんすね」
「おう、さっそく始めっぞ。準備しろ」
「了解でやんす」
戻ってきた大吾に気付いたオレンジパンサーのメンバーたちが、彼の指示で準備を始める。
一体これから何が始まるのかと治乃介が様子を窺っていると、大吾がルールの説明を始める。
「いいか、ルールは一つ。出されたお題に則った小説を書くこと。制限時間は一時間。一時間経ったところで、レインボークリエイターズが独自に運営している掲示板に小説のファイルをアップロードして、どちらが面白かったかを判定してもらうだけだ。なにかわからねぇことはあるか?」
「大丈夫だ。問題ない」
「なら、さっそく始めようか」
大吾がルールの説明を言い終えると、二つの机の上にそれぞれノートパソコンが一台ずつ置かれていた。どうやら、これを使って小説を書けということらしい。
彼からルールを聞き、何も問題ないことを確認した治乃介は、椅子に座り小説を書く態勢に入った。
「これより小説対決を開始します。小説のお題は【春】となります。二人とも準備はいいですね? それでは、開始!!」
こうして、オレンジパンサーの牙山大吾との小説対決が幕を開けるのだった。
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