43話



「よう、大先生。相変わらず注目されまくってるみたいだな」


「いい迷惑だよ」


「まあ、あんなことがあって気にならないやつなんていないだろう」


「あたしも友達に何度も聞かれてるわ。もちろん、知らないって返してるけど」



 治乃介が席に着いてから、すぐに健一と咲の二人がやってくる。いつもセットのようにいるこの二人は、何かと治乃介に絡んでくる。



 それが迷惑かといえば、意外にも彼はそうは思っておらず、学校生活の一つのイベントのように捉えていた。



 それから、他愛のない会話をしたのち、思い出したかのように治乃介が二人に問い掛けた。



「そういえば、聞きたいんだが」


「おっ、なんだ?」


「レインボークリエイターズってなんだ?」


「ああ、それか。いいぜ、説明してやる」



 そう言って、健一は説明を始めた。



 七色創作会……通称レインボークリエイターズと呼ばれるそれは、文芸高校を本拠地とした七つの派閥からなる組織だ。



 主な活動目的は小説・イラスト・漫画・アニメなどの創作活動であり、それぞれの派閥が競い合って優劣を決めている。



 詳しい組織名は紅の木苺(レッドストロベリー)・橙の野獣(オレンジパンサー)・琥珀の卵黄(アンバーエッグ)・深碧の森(ディープグリーンフォレスト)・群青の大空(ブルースカイ)・瑠璃紺の大海原(ネイビーブルーマリン)・菫の薔薇(ヴァイオレットローズ)の七つで、それぞれ七色の種類と同じ赤・橙・黄・緑・青・藍・菫の色をシンボルカラーとしている。



 その影響力は治乃介が住む地域や他県にも及び、文芸高校の生徒だけでなく他校の生徒もこの組織に所属しており、組織の総数は数百人とも千人とも言われている。



 特に、組織のリーダー格は何かしらの才能を秘めており、すでに一定の功績をおさめている者もいて、各方面の業界もこの組織に注目を集めている。



 表舞台で活動するクリエイターの中には、この組織の出身者であるということも珍しくはなく、日本国内においても決して無視できない組織として認識されている。



「って感じだ」


「そんなのがあるのか。でも、この学校って文芸部が強いって聞いたんだが?」


「ああ、それはな……」



 健一の説明に、治乃介にある疑問が浮かぶ。

 それは、事前情報として知っていた“文芸高校は文芸部が強い”というものである。



 先ほどの説明から七色創作会というものがあり、学区内だけでなく日本国内にも影響力があるということだ。であるならば、文芸部よりも権力を持っていてもなんら不思議はない。



 だというのに、文芸高校において文芸部が強いという情報が出ているのはどういうことか、それは文芸部が特殊な条件下で入部が許された部であるからだ。



「文芸部の顧問をやっているのは、早乙女先生だろ? あの部は早乙女先生が認めた人間か、七色創作会の幹部クラスしか所属できない決まりがある」


「じゃあ、あの部活紹介はなんなんだ? 決まった人間しか所属できない部活を紹介する意味ってあるのか?」



 健一の補足説明に、治乃介はさらに思い浮かんだ疑問をぶつける。すると、返ってきた答えはこうだ。



「おまえは見学会に行かなかったからわからんだろうが、あの日早乙女先生直々の入部試験のようなものをやってたんだよ。それに集まった人間の中から、早乙女先生が認めた生徒だけが入部を許されるっていうことになってる」


「ふーん」


「それと、七色創作会の方だが、各派閥にも第一位から第七位までの序列があって、入部が許されるのは第三位からになってる。そういう意味では、文芸部はクリエイターのエリートが集まる場所とも言えるな」


「なるほどな。だから、そのレインボーなんちゃらよりも文芸部の方が格としては上ってことか」


「レインボークリエイターズな」


「こういうことだけは、よく知ってるのよね。このラノベオタクは」



 一通りの説明が終わると、呆れた視線を健一に向けながら、咲か感想を口にする。

 人間誰しも自分の興味のあることに関しての知識は、貪欲に取り入れようとする生き物であり、彼にとってそれがライトノベル関連だったというだけの話だ。



 しかしながら、ラノベに興味のない人間からすれば、そんな知識を持っていても何の役にも立たないため、もっと有益なことにその労力を使うべきだと考えてしまう。



 それでも、人それぞれ何が有益で何が無益なのかが異なる以上、同じ価値観を持ち合わせていない人間からすれば、それは無駄なことだと思ってしまうのは仕方のないことでもあった。



「私も誘われましたね」


「桜井さんも?」


「ええ。確か、レッドストロベリーとか言ってましたけど」


「それで、入ったのか」


「断りました。そういうことに、あまり興味がないので」



 治乃介の話を聞いていた美桃がそんなことを言ってくる。



 といよりも、いつの間に教室に来ていたのか、零はどうなったのかを聞くべきなのだろうが、治乃介がそのことについて触れてこないことと、彼女自身が零についてどうでもいい相手だと思っているため、彼が去った後の彼女と零のやり取りがどうなったかを知ることはなかった。



 そんな話をしていると、突如として教室のドアが勢い良く開かれ、ガタンという激しい音が教室全体に響き渡る。

 そこに立っていたのは、先ほど美琴の勧誘を止めに入った牙山という男だった。



「おう、邪魔するぜ」


「お、おいあの人って……」


「ああ、牙山先輩だ」


「最近、頭角を現し始めた今最もオレンジパンサーで勢いのある人だ」



 牙山大吾(きばやまだいご)……レインボークリエイターズ・橙の野獣(オレンジパンサー)の序列第七位であり、去年まで新入生だった男だ。

 一つの派閥で幹部クラスの実力を持つ男が、一年生の教室に一体何の用かと思えばそのままつかつかと治乃介のところへやってくる。



「よお、さっきぶりだな」


「ども」


「例の件で、学校内はおまえの噂で持ちきりだ。レインボークリエイターズの連中も、おまえの実力を試そうと動き始めてる」


「はあ」



 治乃介にとっては迷惑な話だが、乱菊たちに説教をしていた様子は全校生徒が見ていたため、とぼけても意味はない。



 そして、その映像越しに才ある者は感じ取っていた。彼の内に秘めるクリエイターとしての実力を。



 才能ある人間を自身の派閥に引き込みたいという感情は当然のことであり、治乃介の持つ特異性に気付いた連中はすぐに行動を開始する。



 しかし、当然能力のある人材を欲しているのは他の組織も同じであり、敵対する勢力に優秀な人間を取られることは避けたい事案だ。



 その結果、七色創作会の各グループで治乃介の勧誘を妨害する動きが活発化し、しばらくの間敵対派閥を牽制する日々が水面下で繰り広げられていたのである。



 事態の収拾を図るため、七色創作会は臨時の七色円卓会議(レインボーミーティング)を開き、治乃介の勧誘する順番を戦いによって決める提案がなされた。



 だが、先ほど美琴たちが治乃介に接触したことで、ヴァイオレットローズの協定違反が発覚し、現在に至る。



 当然、他の組織にとって抜け駆けもいいところであり、ヴァイオレットローズには厳しい処罰が言い渡されることになるだろう。



 そして、協定違反があったことで他の組織はこう考える“一度協定違反を起こしたなら、二度目も三度目も同じである”と……。



「てなわけでだ。文豪寺治乃介! その秘めたる実力が本物か、この俺様オレンジパンサー序列第七位の牙山大吾様が確かめてやる!! 今日の放課後、体育館裏にあるごみ捨て場に来い。それじゃあ、邪魔したな」



 そう言い残すと、大吾は治乃介の返事を待たずして教室を出ていった。

 当然そんなことに付き合っている時間のない彼は、断わるつもりだったが、そんな隙もなく大吾が教室を出て行ってしまったため、断りを入れる余裕がなかった。



「なんか、大変なことになっちゃったね文豪寺君。で、放課後行くの?」


「そんなわけないだろう。今日はリビングのテレビ裏の掃除が待ってるんだ」


「そ、そうなんだ」



 咲の問い掛けに当然のようにそう返答する治乃介を見た他の面々は、彼が何も考えていないことに呆れたのか、それとも大吾の誘いを断ると断言したことに感心すればいいのかよくわからない感情に襲われていた。



 こうして、文芸高校を本拠地とする七色創作会との戦いの火蓋が切って落とされた。





 〇×△





 その日の放課後、体育館裏のゴミ捨て場にて……。



「……」




 一時間後。




「……」




 二時間後。




「……」




 四時間後。




「なぜ、来ねぇ。おのれ文豪寺治乃介ぇ……。この俺様の誘いを蹴るなんざいい度胸だ」



 結局その日、体育館裏に治乃介が現れることはなく、大吾は無駄足を踏むことになってしまったのであった。

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