38話
来たる20×〇年8月27日、全国各地の書店である二つの書籍が店舗に並んだ。
一つは、帝流聖原作【ソード&マジカルズクロニクル】というタイトルの異世界ファンタジーを舞台としたライトノベルで、十巻以上も出版されている彼の人気シリーズ作品だ。
もう一つは、読者・出版社・作家のあらゆる界隈で話題沸騰中の謎多き新人作家、無名玄人原作【勇者伝説(ブレイバーズレジェンド)】の一巻の続編である。
一巻の発行から半年以上が経過している現在、処女作とはいえ新人作家が出版した書籍で累計発行部数が五十万部を超えているトンデモ作品であり、すでにベストセラー入りが決定した人気作である。
超人気作家のシリーズ最新刊と話題沸騰の新人作家の処女作の続編が同じ日に売り出されるという話題は、読者の中で大きな波紋を呼んだ。
だが、それは読者の間での話であって、裏の事情を知る出版業界の面々ではこのような噂が流れていた。
「おい、聞いたか?」
「ん? 何が?」
「無名先生の件だ」
「ああ、確か今日が新刊の発売日だろ?」
「それだけじゃねぇ。帝先生も同じ日に新刊を出してるんだ」
「……もしかして、帝先生がわざと被せてきた?」
業界の中では、超人気作家の帝流聖が新人作家の無名玄人に喧嘩を吹っかけてきたと噂されている。
その根拠となっているのが、帝流聖の新刊発売のタイミングが明らかにおかしい点についてだ。
大抵の場合、シリーズ物は三ヶ月から半年程度の間隔で新刊が出され、場合によっては作家の執筆速度に合わせた出版もあるため、新刊の発売が一年に一回だけというのも珍しくはない。
そして、帝流聖の場合、本人の執筆速度に合わせた出版となっている。そのため、大体だが彼が出版する時期というのは、半年に一回または一年に一回程度と固定されているのだ。
だというのに、前回の新刊発行からまだ八ヶ月しか経過しておらず、予定通りであるならば、来年の一月に新刊が出るはずなのだ。
「その可能性は高いだろうな」
「つまりは、帝先生が無名先生に喧嘩を吹っかけたってことか」
「……荒れるな」
「現ライトノベル業界のトップと今話題の新人作家の対決か。どっちが勝つと思う?」
「そりゃあ、帝先生に決まってんだろ。まあ、三倍四倍くらいのハンデでもありゃあ話は変わってくるが、それでも帝先生が有利だろうな」
「【皇帝陛下】の名は、伊達じゃないってことか……」
帝流聖が無名玄人に宣戦布告したという噂は、業界内で瞬く間に広がり、すべての出版社関係の人間がこの勝負の行く末に注目していた。
だが、噂というものは得てして異常な速度で伝達されるものであるからして、ましてやこのSNSが発達した時代において、情報の伝達速度というものはテレビのニュースよりも速かった。
どこから漏れたのかはわからないが、業界内での噂はSNSを通じて外部の人間にも広がっていき、読者の間でも二人の戦いに注目が集まっていた。
下馬評は帝流聖が圧倒的に有利という当然のものだったが、異彩を放つ新人の番狂わせを期待する声もあり、インターネット上ではちょっとしたお祭り騒ぎとなっていたのだ。
そして、そんな世間を賑わせている情報が流聖の父親の耳に届かないはずもなく、事実確認のため彼は息子を呼び出していた。
「入れ」
低く厳格な声が、執務室に響き渡る。
その声の持ち主は、財閥のトップに君臨する男だ。
大黒帝斎牙(だいこくていさいが)……大黒帝グループを取り仕切る総帥であり、いくつもの大企業を傘下に持つ、経済界の重鎮でもある。
白髪交じりの髪を整髪料で整えた姿は、まさにできる男という言葉が相応しい。
ガタイのいい体は、何かの格闘技をやっているのではないかと見まがえるほどにがっちりしており、精悍な顔立ちも相まって、どちらかと言えば狩人といったところだ。
鋭い灰色の瞳は、まるですべてを見透かされてしまうのではないかと思わせるほどの眼力を持ち、まるで鷹のような鋭さを思わせる。
そんな男がトップを務める大黒帝グループが介入する分野は幅広く、その中に出版業界も当然含まれており、これは流聖……宗介の存在がいることが大きい。
跡取りになるはずだった息子が言い出した我が儘を受け入れ、ラノベ作家として活動している彼を親である斎牙が興味を示さない道理はなく、ここ数年の間に新たに出版にも手を伸ばしていたのだ。
「失礼します。どうしたんだ親父。急に呼び出すなんて珍しいじゃないか」
そこに現れたのは、斎牙の息子の宗介だった。
彼は自分が何故呼び出されたのかわかっておらず、両手を大げさに広げて呼び出した理由を問い掛けてきた。
そんないつも通りな息子に、斎牙はため息一つ吐き出すと、単刀直入に彼に投げ掛けた。
「おまえが他の作家に喧嘩を売ったという噂が流れている。それは、本当か?」
「なんだそんなことか。嘘か本当かを答えるのなら、本当さ」
「相手からではなく、おまえが喧嘩を売りにいったと聞いている。それも本当なのだな?」
「ああ、あいつはそうでもしないと相手すらしてもらえないからな。俺の方から動いた」
「ほう、興味深いな。詳しく聞かせろ」
大財閥のトップとはいえ、斎牙は子煩悩であった。
この手の人間は、氷のように冷酷な性格をしていると思われがちだが、彼にそんなイメージはなく、寧ろ情に厚い男だと周囲からは思われていた。
もちろん、組織のトップに君臨している以上、時には非情な選択をしなければならない時もあるだろう。
だが、もし非情な選択を選んでも、その選択によって損害が出た者に対するアフターケアもきっちりと行っており、財閥の人間には珍しく部下たちから絶大な信頼を獲得していた。
それ故に、斎牙が息子の日々の生活状況を気にかけることはおかしなことではなく、寧ろ今回のように定期的に呼び出して聞いてみたいとすら彼は考えている。
そんなわけで、宗介は父に事のあらましを説明する。
特に彼が笑ったのが、無名玄人という作家の少年が宗介があしらわれたという話であった。
「おまえにそんな態度を取るとはな。ただの無知か、それとも大物なのか……」
「もちろん大物の方だ」
「ほう、おまえが家族以外の人間をそこまで手放しで褒めるところを初めて見た。その少年。どうやら、相当な実力者と見た」
「ああ、俺のライバルだ」
「はっはっはっ、ライバルときたか」
宗介のライバル宣言に斎牙は大声で笑う。
常にトップを走ってきた息子が、ここまで相手を意識することは今までなく、彼の初めて見せる行動に斎牙は内心で微笑ましいと思った。
しかしながら、彼もすでに成人して数年が経ついい大人であり、人間生きていれば挫折の一つや二つ経験していてもおかしくはないのだが、今までそんな壁にぶち当たったことのなかった宗介が挫折を味わうことがなかったのも仕方がない。
だが、勝負事とあれば大黒帝グループの人間として警告しなければならない。
そう考え、斎牙は緩んだ顔を引き締め真剣な表情で宗介を見据えた。
「わかっているだろうが、大黒帝家としていきているからには、負けは許されないぞ?」
「当たり前だ。もし、負けるようなことがあれば、俺は大黒帝家の名を捨てて出てい――」
「いや、そこまでしなくていい。そんなことはパパ――この父が許可しない」
「……?」
宗介の決意の言葉を遮るように、斎牙は言葉を被せる。
少々焦った様子の父親に、一瞬怪訝な表情を浮かべるも、気のせいだろうと彼は結論付ける。
「まあ、とにかくだ。悔いのない勝負にすることだ。忙しいのに呼び出してすまなかったな。もう下がっていいぞ」
「あ、ああ。それじゃあ」
一体どういった意図があって呼び出したのかわからないまま、宗介は一方的に退室を促される。
特に何の沙汰もなかったことに首を傾げつつも、何も問題がないに越したことはないため、不思議がりながらも彼は執務室をあとにした。
宗介が部屋を出ていくと、斎牙は椅子から立ち上がる。
そして、早足で扉の前へと移動すると、そのまま耳を当てて彼が離れていったのを確認する。
「……行ったな」
息子が完全にいなくなったことを確認した斎牙は、そのまま執務机に戻り、いそいそどこかへ電話を掛け始めた。
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