27話
「来た! 来たわよおーちゃん!!」
「ん、なにが?」
あれから、二月ほどの時が流れ、季節は夏真っ盛りの八月一歩手前。勢いよく開け放たれたドアから、汗だくになったみゆきが帰ってきた。
扇風機に当たりながら、いつものように黙々と家事をこなしていた治乃介が、腑抜けた声で返事をする。
「そんなこと決まってるじゃないの! これよこれ!!」
「んー? あの、ライトノベルが、やべぇ?」
「まさか、忘れてないわよねぇ? 美作零と美桃桜子とのラノベ対決を!」
「うーん?」
みゆきが問い詰めるも、ご想像通り治乃介はあの英雄社の入り口前であった出来事をすっぱりと忘れてしまっていた。
人は興味のないことや不必要と判断した情報は、脳の記憶領域から排除し、新たに入ってくる重要な情報と入れ替える性質を持っている。
治乃介もまた人間であるからして、その人体的な機能を使い、あの日起こった出来事を記憶の中から抹消していたのだ。
「ま、まあいいわ。とりあえず、結果を見てみましょう」
「あ、ああ」
みゆきから受け取った雑誌を手に取り、治乃介は該当するページを開いていく。みゆきも結果を知らないため、彼の後ろに回り込み、雑誌を覗き込んでいる。
【今注目のラノベ作家ランキング】
1位:無名玄人【むめいくろと】(223788Pt)
2位:帝流聖【みかどりゅうせい】(208732Pt)
3位:美桃桜子【みとうさくらこ】(172499Pt)
4位:美作零【みまさかれい】(133708Pt)
5位:○○○○【○○○○】(93788Pt)
6位:△△△△【△△△△】(81967Pt)
7位:□□□□【□□□□】(77324Pt)
8位:××××【××××】(55822Pt)
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・
「……」
「シャオラァー! 無名玄人の実力を見たかゴルァ!!」
ランキングの結果に治乃介は絶句し、みゆきは絶叫と共に拳を天高く突き上げる。
まさか、自分が一位を取るとは思っていなかった治乃介と、確実に一位を取ることを確信していたみゆきという対照的な二人の構図だったが、まだ勝負の行方は終わっていない。
今二人が確認したランキングは、あくまでも今最も注目を集めているラノベ作家という内容であり、作品については言及されていない。
ちなみに、雑誌で取り扱っているランキングについては、読者が注目する作家や作品の他にも、男女別の好きなラノベキャラクターランキングやイラストを手掛けるイラストレーターランキングなどもあり、今回三人の勝負の対象となっているランキングはもう一つある。
それがなにかと言えば、【今、最も注目しているラノベ作品ランキング】である。
「おーちゃん、次! 次のランキングを確認してみて」
「あ、ああ」
鼻息荒く催促してくる我が母に治乃介は若干引きながらも、彼女の指示に従って次のランキングが掲載されているページまで飛ぶ。
次のランキングは、ここ一年以内に発売されたライトノベルの中で一番注目している作品はどれかというアンケートで出されたものだ。
このランキングとは別に、今年の一月から六月に発売された新作を対象とするランキングもあるのだが、内容的に新作ランキングと被っているとの指摘があり、このランキングが必要なのかと疑問視されている。
しかしながら、雑誌が発売された後に発行されたラノベなどの掲載が難しいという理由から、トレジャーアイランド社の意向としては、このランキングを出さざるを得ないのが現状となっている。
一時期、トレジャーアイランド社の重要会議で【あのライトノベルがやべぇ】の発行を年二回から年一回にしてはどうかという意見が出た。
そして、その内容で読者アンケートを取ったところ、猛烈な批判が来たため、今まで通り年二回の発行をすることに決まったらしい。
どんな内容を掲載すれば読者の期待に応えられるかというのは、編集する側の腕とユーザーのニーズ次第だということである。
といった具合で、雑誌関連の裏事情はこれくらいにして、いよいよランキングの発表である。
治乃介が雑誌のページを捲り、該当のランキングを見つける。そして、みゆきと共に次のランキングを確認してみた。
【今、最も注目しているラノベ作品ランキング(20××年六月から20×〇年六月に発売されたものが対象)】
1位:勇者伝説【ブレイバーズレジェンド】 著者 無名玄人(267839Pt)
2位:ソード&マジカルズクロニクル【そーどあんどまじかるずくろにくる】 著者 帝流聖(245890Pt)
3位:断層の一片【だんそうのひとひら】 著者 美桃桜子(202477Pt)
4位:スタイリッシュガールズ【すたいりっしゅがーるず】 著者 美作零(183431Pt)
5位:○○○○【○○○○】 著者 ○○○○(156354Pt)
6位:△△△△【△△△△】 著者 △△△△(132288Pt)
7位:□□□□【□□□□】 著者 □□□□(116290Pt)
8位:××××【××××】 著者 ××××(99245Pt)
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「……」
「キタキタキタキタキターーーーーー!! てっぺん取ったどぉー!!!」
ランキングの結果に雄叫びを上げるみゆきと、呆然と雑誌を眺める治乃介というまたもや対照的な反応を見せる二人であったが、彼は改めて今回の件について首を傾げていた。
どこか他人事といった表現が正しいのかもしれないが、治乃介の中では自分が作家として活動をしているという自覚がなかったのである。
確かに、みゆきに請われて小説自体は書いている。だが、それは子供のおままごとといった感覚で書いているところがあり、決してプロとして自信を持って執筆しているというわけではなかった。
それでも内容としては、編集に携わっているみゆきを唸らせるほどの大作であり、後日勇者伝説の二巻が発売されることになるのだが、その初期の発行部数が二十万部に及んだことを鑑みれば、この作品が持つ魅力の高さが理解できる。
「やったわ! これでますます重版を掛けられる。肉体裁判の必要がなくなったわね!!」
「……」
今度の絶句は呆然ではなく呆れの絶句であったが、英雄社の編集長である佑丞に被害が出なかったことを思えば、自分が一位を取ったことが、多少なりとも一人の人間の安全を確保することができたという意味があるものだったこととして、そういった意味において治乃介は喜んだ。
みゆきは喜びを表すためなのか、はたまた肉体裁判ができないことを悔やんでいるのか、自身の左手に右の拳を突き立てるように何度も叩きつけている。
(風切り音と衝撃音が普通じゃない。あんなもの食らったらただじゃ済まないぞ)
みゆきが生み出す拳の脅威を感じ取った治乃介は、心の中で戦慄する。
あんなものを向けられている人間に同情すると同時に、自分がその対象から外れていることに、彼は心の底から安堵した。
「あ、電話だわ。はい、もしもし文豪寺です」
『ああ、みゆき君かい? 僕だけど。例の雑誌の結果を受けて、勇者伝説の注文が殺到してるんだ。今すぐ戻ってきてくれないかい?』
「わかったわ編集長。それじゃあ、詳しい話は会社に着いてからということで。おーちゃん、これからちょっと会社に出ることになっちゃったから、行ってくるわね!」
「あ、ああ。行ってらっしゃい」
ルンルン気分で家を出ていくみゆきを見送りながら、手に持っていた雑誌をそのままテーブルに置く。
治乃介がいるとはいえ、玄関の扉を開けっぱなしでみゆきは出掛けてしまった。そのため、そこから夏の風が家へと入り込んできた。
偶然だが、その風がテーブルに置かれた雑誌を直撃し、ページがパラパラと捲れ、あるページでぴたりと止まった。
その一部始終を見ていた治乃介は、開かれたページの内容を見て、目を見開き驚愕する。
【好きなイラストレーターランキング】
1位:みゆっきー(530000Pt)
2位:●●●●(332488Pt)
3位:◇◇◇◇(271155Pt)
4位:○○○○(239934Pt)
5位:△△△△(223422Pt)
6位:□□□□(195345Pt)
7位:××××(173399Pt)
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・
「五十三万って、どこぞの宇宙の帝王かよ……」
誰にともなく呟いた治乃介の突っ込みが、虚しく部屋に響き渡る。
それから、開けっ放しになっていた玄関の扉を閉めて施錠した後、治乃介は残っている家事を片付けるため、額に汗を流しながらあくせくと働くのであった。
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