26話



 トレジャーアイランド社が手掛ける雑誌の中でも、特に読者に人気なのが【あのライトノベルがやべぇ】という雑誌だ。



 年二回、一月から六月の上半期と七月から十二月の下半期に発行された、ライトノベルを対象とするラノベ専門の紹介雑誌である。



 その雑誌の上半期編の発売に向け、トレジャーアイランド社では大々的なアンケートが実施され、現在その集計作業に追われていた。



「せんぱーい、集計終わりませぇーん!」


「弱音吐いてねぇで、とっと手を動かしやがれ! ボケが!!」


「すいましぇーん!!」



 集計を担当する社員の中に、二人の男女が混ざっている。一人は、三十代前半くらいのボサボサの黒髪に黒目の男性と、もう一人は二十代前半の赤髪に黄色い瞳を持った女性で、特徴的な丸眼鏡とそばかすが印象的だ。



 特に、どこか頼り気のなさそうな地味目の雰囲気を持つ彼女だが、その胸には地味な印象とはかけ離れた凶悪な二つの爆弾を持っており、俗に言う爆乳ちゃんである。



 男は男で、スラっとした細身の体型だが、しっかりとした筋肉が付いており、こちらは細マッチョさんである。

 しかしながら、顔に蓄えられた無精髭は普段から顔の手入れを行っていないという証拠であり、彼のズボラな性格が窺える。



 男の名は、東堂朱雀(とうどうすざく)。女の名は石玄竹美(いしくろたけみ)。



 二人ともトレジャーアイランド社に勤める社員であり、その中でも【あのライトノベルがやべぇ】という雑誌を担当する編集社員だ。



 現在二人は、件の雑誌に掲載するための集計アンケートの整理を行っているところであり、年齢的に若い竹美があまりの作業量に音を上げていたところ、それを見た朱雀が喝を入れていた。



【あのライトノベルがやべぇ】は、上半期の六か月と下半期の六か月の二つに分類される関係上、一月末と七月末に雑誌が発行されている。



 できるだけ新鮮な情報を掲載したいということで、雑誌の発売日ぎりぎりまでアンケート集計したものを結果として反映しているため、雑誌としての情報の正確さに定評があり、この雑誌が人々に読まれている理由でもある。



 各出版社も、この雑誌の影響力に注視しており、業界の暗黙のルールとして六月の下旬と十二月の下旬に新規の書籍が発行されることはない。



 これは、この雑誌が販売するタイミングを各出版社が気にかけているということでもあり、たかがいち出版社のライトノベルを紹介する雑誌だと馬鹿にできないのだ。



「うぅ……全然量が減りません」


「石玄、まだ弱音吐いてんのか? いい加減真面目にやらねぇと、後ろから羽交い締めにして、その無駄にデケェ乳を揉みしだくぞゴルァ!!」


「ひぃー、セクハラですぅー、パワハラですぅ―、モラハラですぅ―!!」



 竹美の言った通り、朱雀の言動は近年問題視されているハラスメント行為に該当する。

 彼女がその気になって訴えを起こせば、ほぼ100%朱雀の敗訴で決着するだろう。



「るせぇ! そういうこたぁなぁ、処女を卒業してからいいやがれ!! ボケェ!!」


「うぅ、人が気にしていることを……」



 朱雀の返しに、竹美に痛恨の一撃が直撃する。



 彼の言葉の通り、二十四歳といういい大人の彼女だが、今時の若者らしく恋愛経験がほとんどなく、具体的に明言はしないがいろいろなものが未経験であった。



 美人ではないが、愛くるしい見た目と男を虜にして止まないであろう豊満な体つきは、決して彼女に異性的な魅力がないわけではない。



 では、何故彼女に恋人ができないのか、それは竹美が恋人に求める理想が高すぎるためだ。



 彼女が恋人にしてもいいと考えている人物像は、真面目で誠実で嘘を吐かなくて浮気もしないという一見するとごく自然な当たり前の条件に思える。だが、そのすべての条件の後ろに“ただし、イケメンに限る”という注釈が付くのだ。



 そう、竹美は部類のイケメン好きであり、見た目が良ければすべて良しという考えを持った人間なのだ。



 そして、朱雀という人物を見てみると、無精ひげを生やしてはいるものの、その顔立ちは端正で精悍な雰囲気を持っている。



 つまりどういうことかと言えば、竹美が朱雀をセクハラで訴えないのは、偏に彼が彼女のお眼鏡に適うイケメンであるからだ。



 朱雀も口ではそういったセクハラまがいの言動があるものの、一度たりとも竹美に手を出したことはなく、心のどこかでワンチャンを狙う彼女にとっては残念なことではあるが、とにかく二人の関係は、あくまでも会社の先輩と後輩というものであった。



「せんぱーい」


「あぁ?」


「集計してて思ったんですけど、なんかアンケートの回答に偏りがあるみたいなんですよ」


「まあ、こういうのは組織票みてぇなもんも含まれてるからな。大方、作家のファンが意図的に答えてる場合もある」


「なるほど、所謂“推し活”ってやつですね!!」



 集計作業進める中で、竹美はアンケートの内容に違和感を覚えた。

 それは、好きな作家や好きなラノベ作品はというアンケート内容がまったく同じ回答のものがあったからだ。



 もちろん、同じ作家やラノベ作品が偶然選ばれただけであると言えなくもない。しかし、他のアンケート項目もすべてまったく同じ回答のものがいくつもあるというのはおかしい。



 その違和感の正体を疑問に思った彼女が、朱雀に聞いてみたところ、返ってきた答えは彼女の納得のいくものであった。



 作家にも一定数のファンがおり、それは芸能人やアイドルのような活動を行っている人のファンと同じく、作家である彼ら彼女らを応援したいという気持ちがある。



 つまりは、【あのライトノベルがやべぇ】という雑誌で、上位にランキングされるために複数回アンケートに答え、自分が推す作家の作品を上位にランクインさせようとする動きがあるということだ。



 組織票とは言い得て妙だが、意外にしっくりとくる表現方法であると、竹美は朱雀の説明を聞いてそう思った。



「特に多いのが、やっぱり美桃桜子ですねー。やっぱり現役JKのブランドは強いってことですかね?」


「まあ、本人も顔出ししてるし、美少女小説家っていう肩書きは武器にはなるな」


「次点では、美作零ですか。確か、彼女も現役JKでしたよね?」


「ああ、彼女とは会ったことがあるが、我が強いはねっ返り娘って感じだったな」



 竹美の感想に自身の感想を織り交ぜながら、朱雀は彼女話に耳を傾ける。

 これが、仕事と関係のない無駄話であれば、脳天にチョップを落とされるか、それこそ本当に胸を揉みしだかれるセクハラを受けていただろうが、彼とてプロの編集マンである。そのため、ことライトノベルに関係する内容であれば、彼も真摯になって答えてくれるのだ。



「他の作家さんは横ばいって感じですけど、その中でも無名玄人っていう作家さんがこの二人に追いつきそうな勢いですね」


「無名玄人か……」



 二人の話題が無名玄人に変わったところで、朱雀が自分の机に置かれたある一冊の書籍に目を向ける。

 そこには【勇者伝説】という題名と、無名玄人という名前が記載された先ほど二人の話題に上がったライトノベルが置いてあった。



 朱雀は元々読書をすることが嫌いではなく、今の出版社に就職する以前からよく読書をしていた。それがきっかけとなり、今のトレジャーアイランド社に入社することになったのだが、今でも職業柄本を手に取ることは多い。



 今年のライトノベルがどういった作品なのかをチェックする名目で今期の該当作品を読み始めた朱雀だったが、その中でも特に異彩を放っていたのが、件の作品であったのだ。



 異世界ファンタジーという王道を貫きつつも、どこか人を引き付ける何かがあり、プロとしての観点からではなく、いち読者として彼はこの作品に入れ込んでいた。



 そして、作品が気になれば当然作者の存在もまた気になってくるわけであり、彼独自に勇者伝説の作者について調べてみた。だが、結果は思っていたほどの情報は出てこなかったのである。



【あのライトノベルがやべぇ】に関連するアンケートは、当然だが公平性を期すため、編集を担当する社員が回答することはできない。だが、もし仮に回答することができるのだとしたら、朱雀は間違いなくこの作品に一票投じただろうという自負があった。



「新人さんみたいですけど、どんな人なんですかね?」


「さあな」


「案外、若かったりして?」


「……それよりも、今は仕事だ。さっさと手を動かせ手を!」


「はーい」



 個人的にはもう少しだけ件の作家の話をしていたかった朱雀だが、わざとらしい咳ばらいをしながらこちらを睨みつけている編集長を見て、竹美に仕事をしろとせっつき、自分も作業を再開した。



 彼らはおろか、トレジャーアイランド社の人間は知らない。

 自分たちの手掛ける雑誌が、三人の作家の優劣を付けるための道具に使われているということに……。



 そして、時は流れ七月末――。

 トレジャーアイランド社が発行した【あのライトノベルがやべぇ】が販売されたが、その内容は人々に衝撃を与えるものであった。

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