22話



「あー! あんたは!!」



 二人の沈黙を破ったのは、甲高い少女の声であった。

 その声の主に視線を向けると、そこにいたのは美作零だった。



「……またあなたですか」


「またとは何よ、またとは! ここであったが百年目。あたしと勝負しなさ――ん? あなたは日之国屋の前で会った」


「んーっと、確かびさくぜろだったか?」


「美作零よ! み・ま・さ・か・れ・い!!」


「ああ、逆だったか」



 美桃の冷ややかな言葉に、敵意を剥き出しにする一方で、治乃介が自分の名前を間違っていることに声を張り上げる。



 桜井美桃と美作零は互いに面識があり、それは小説関連の授賞式にゲストとして呼ばれていたため、各出版社と専属で契約している小説家たちが集う場が設けられた。

 その際、美桃と零の初顔合わせの時、零が美桃に食って掛かったのである。



 というのも、その当時二人の累計販売部数は三十万部を超えており、作家としてお互いに盤石な地位を確立していた。

 しかし、美桃が三十三万部だったのに対し、その時の零は三十二万部と僅か一万部の差が生じていた。



 当然美桃はそれについて意に介しなかったが、自尊心の強い彼女からすれば、たった一万部の差でも大きかったようで、喧嘩腰な態度を取ってしまったのだ。



 最初は軽く流していた美桃だったが、それが二度三度と続けば嫌にもなってくる。

 最終的に彼女とは相容れないと判断した美桃は、それ以降彼女から距離を取るようになったのだ。



 だが、それからも何かと美桃を意識するようになった零は、彼女をライバル視するようになり、業界内でもそれが当たり前のこととして知れ渡ることになったのである。



「彼女と知り合いだったのですか?」


「「いや(ええ)」」



 美桃の問いに、両者が全く異なる返答をする。

 当然、否定が治乃介で肯定が零である。



 たった一度会っただけの人間を知り合いとは呼ばないと思っている治乃介と、一度言葉を交わせば知り合いになると思っている零との価値観の相違が、はっきりと出た瞬間であった。



「一度話したじゃない」


「話しただけだ。そんなものは知り合いでも何でもない。おまえは“温めますか?”“お箸はいりますでしょうか?”と聞いてきたコンビニの店員や“乗車切符の拝見よろしいですか?”と話し掛けてきた駅員も知り合いだって言うのか?」


「うっ、そ、それは……」



 零の理論に、治乃介の鋭い突っ込みがクリーンヒットする。

 さすがの零でも、接客の過程で一言しか言葉を交わしていないコンビニ店員や駅員も知り合いだとは言えず、先ほどまでの勢いを無くす。



 だが、これでめげる様な可愛げのある少女であればよかったのだが、彼女がそんな人間ではないことは、言わずもがなで……。



「うるさいうるさいうるさい! そんなことはどうでもいいのよ!! 美桃桜子! 私と勝負しなさい!!」


「一体何を勝負するんですか?」



 あまり関わりたくなかったが、まだ治乃介との会話を中断された形となっているため、このまま居なくなるのは失礼だと考えた美桃は、仕方なくダル絡みしてくる零の対応をすることにした。



 それと同時に、小説家が一体何で勝負しようというのかという彼女が提示する勝負内容にも些かの興味があった。

 しかしながら、零が勝負内容を発表する前にまたまた招かれざる客が現れる。



「何の騒ぎかしら? あら、これは美桃先生。それと、そっちは確か“筋肉ハゲ”のところの……」


「副編集長」


「副編集長ですって!? てことは、あのハゲが言っていた若作り拳骨――」



“ドゴーン”



 突如として、平穏なオフィス街に似つかわしくない轟音が響き渡った。

 通りを行きかう人々は何事かと音のした方向に視線を向けると、そこにはビルの壁にぽっかりと穴ができあがっていた。



 その穴の中心部分には、みゆきの拳がめり込んでおり、明らかに彼女の仕業であることは明白であった。

 一体彼女のどこにそんな力があるのかは謎だが、一つだけ確実に言えることは、彼女に逆らってはいけないということだ。



「ねぇ、お嬢ちゃん。良く聞こえなかったから、もう一度だけ聞いてあげる。何か言ったかしら?」


「な、何も言ってません!」


「そうよね。こんな美人を捕まえて、若作りだのババアだの失礼しちゃうわ。貴女も、そう思うわよねぇ?」



 そう言いながら、頬に手の指を振れさせ首を傾げるという妖艶な仕草を取りながら、零に笑い掛ける。

 だが、その目は決して笑っておらず、まるで縄張りに入った獲物を品定めする蛇が如くの様相を呈していた。



 そんなことをされて、ただの小娘である零が逆らえるはずもなく、壊れた人形のように首をコクコクと縦に振り続ける。

 逆らえば死あるのみと言わんばかりの雰囲気に、当事者でない治乃介も美桃もその威圧感に圧倒されてしまった。



 自身で自分の容姿が優れているなどと宣えば、自己陶酔者のレッテルを張られかねないが、みゆきの場合は本当に誰がどう見ても絶世の美女であり、寧ろ成熟している分そこらの若い女性よりも妖艶さに磨きが掛かっている。



 みゆきの威圧に、蛇に睨まれた蛙のように委縮してしまったのを見かねて、ここで治乃介が助け舟を出す。



「母さん、もうそれくらいにしてやんなよ」


「「母さん!?」」



 治乃介の言葉に、美桃と零の二人が目を見開いて驚愕する。

 彼の口から予想だにしない言葉が出たことで、二人とも意表を突かれる形となってしまったのだ。



 片や二度目の邂逅を果たした少女と、片や同じ学校に通い、同じクラスの席も隣同士のクラスメイト。

 驚愕の度合いこそ違えど、零と美桃の共通認識は今完全に合致した。



“そことそこ、まさかの親子!?”であった。



「おーちゃんたら酷いわ。お母さんがイジメられているのに、黙って見ているなんて」


「どう見ても母さんの方がイジメていただろ。それに、言いたい奴には言わせておけばいい。その分だけ大物になって、そのイジメた奴を見返せば見返すほど、そいつに復讐できるじゃないか? “おまえは見る目のないちっぽけな人間だ”ってね」


「さすがはおーちゃん。私の息子だけあるわ」


「「……」」



 イジメた奴の復讐法についての談義が親子間で為される中、美桃と零はそれをただ呆然と眺めていた。

 零に至っては、先ほどまで首を上下に激しく振っていたのに、今度は治乃介とみゆきを交互に見比べるという首を左右に動かす動作を行っていた。



「大事なのは、いかに相手の非を明確化させることだね。ボイスレコーダーやスマートフォンでの動画で証拠を押さえられるかが重要なカギだ」


「その証拠を持って、大々的に公にするってことね!」


「いや、それだと肖像権やプライバシーの侵害で訴えを起こされる可能性が高い。あくまでも、第三者への情報開示は最終手段に留めて、相手がこちらの要求を飲まなかった時にそこで公にする。“こちらの言い分が納得できないのなら、第三者の意見を交えて公式の場で是非を決めてもらおうか?”という文言と共にね」


「その言い分で、こちらの主張の正当化と情報を公にするのはあくまでもこちらの主張が正しいことを第三者の立場の人間に決めてもらうためであって、個人的な感情による報復行為ではないという主張ができるわけね」


「これで相手は、こちらの言い分を受け入れるしかない。イジメなんて陰湿で卑劣な行為でしかないから、そんなことをやってることが知れ渡れば、社会的地位は地に落ちる。学生だった場合、まともなところに就職すらできないだろうね」


「さすがはおーちゃん、敵になった人間に容赦しないところは誰に似たのかしら?」


「母さんに決まってるだろ?」


「ふふふふ」


「はははは」


((何この親子? 怖いんですけど……))



 再び、二人の意見が合致した瞬間であった。

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