23話



「こほん、それで何か勝負するとか聞こえたけど、何の勝負をするつもりなのかしら?」



 治乃介とみゆきの二人が、いじめっ子をいかにして地獄の底に陥れるかといういじめっ子報復談義が行われること数分、零と美桃はその剣幕に恐れを抱いていた。



 そして、彼女たちは十分に理解した。“この二人は、絶対に敵に回してはならない”と……。



 事実、治乃介が小学生だった頃、彼はちょっとしたイジメを受けていた。

 だが、その時の治乃介は冷静で、ボイスレコーダーやカメラによる証拠を集め、それを持ってみゆきと結託し、イジメていた相手の家族ごと地獄の底へと叩き落としたのだ。



 具体的な方法の言及は避けるが、事が終わった頃には二度と彼をイジメようなどという挑戦者は現れず、触らぬ神に祟りなしとばかりにこの件は闇に葬られた。


 

 だが、現在進行形でみゆきは治乃介をイジメていた人間のその後の消息を定期的に調べており、その全員が細々とした暮らしを余儀なくされていると把握している。



 一度罪を犯した人間に、更生するチャンスを与えるべきだという意見もなくはないだろうが、殺人罪で捕まって出所してきた人間と隣同士で生きていくなど、不可能ではないが困難である。



 そして、人間という生き物は同じ過ちを二度繰り返す生き物であり、再び同じことをやる可能性が高いのだ。

 政治家たちの歴史を辿れば、それが如実に表れていることだろう。



 以前みゆきはその手の人間には容赦がないと言ったが、それは息子である治乃介もまた同じであり、彼の場合は当事者限定でそれが発揮されるが、みゆきはその事実を知りながら黙認した周囲の人間も責任追及するタイプであった。



 それはそれとして、本来の話題を思い出したみゆきが零に問い掛けた。

 彼女の問いに、思い出したかのように零が声を上げる。



「そ、そうよ! 美桃桜子、あたしと勝負よ!!」


「一体何で勝負するんです? 累計販売部数ですか?」


「そ、そんな抽象的なものじゃないわ! あんたも知ってるわよね? 【あのライトノベルがやべぇ】よ!」



 現状の累計販売部数では、美桃が八十万、零が七十万と十万部の差がついてしまっている。

 であるため、累計販売部数での勝負となると、零に不利な条件となる。彼女もそれを理解しているため、美桃の問いに難色を示した。



【あのライトノベルがやべぇ】……トレジャーアイランド社が毎年発行する日本国内有数のライトノベル紹介雑誌であり、今年最も輝いたライトノベルをランキング形式で発表している。



 そのランキング自体も、事前に様々な項目別にアンケートが実施され、その結果がランキングとして掲載される。



 ランキング一位に輝いた作者の独占インタビューなども掲載されるため、作者にとっても一種のステータスとして一定の評価がされる場でもある。



 当然、この雑誌に紹介されたライトノベルは、売り上げに大きく影響を及ぼすため、小説家としてまだまだ若輩の彼女たちにとっては、自分の売り込めるチャンスとも言える。



「なるほど。トレジャーアイランド社が発行する【あのライトノベルがやべぇ】で、どちらの作品がより上位にランクインするかを競うわけね。面白そうだわ」


「でしょう。だから、あたしと勝負しなさ――」


「その勝負、無名玄人先生も参加させてもらおうかしら?」


「「「え?」」」



 みゆきが興味を示したことで、勢いづいた零だったが、彼女の二の句に治乃介・美桃・零の声が一致する。



 治乃介は本人として、美桃と零は今業界で注目を集めている小説家として、ここでみゆきが名前を出したことに驚いていた。



(どういうつもりだ母さん!?)



 一体どういう了見でそんな提案をしたのかと、彼は自分の母親の顔を見据える。

 そこには、笑顔が張り付けられており、どういった意図でそんなことを口にしたのかは窺い知れない。



 しかしながら、治乃介は理解していた。

 みゆきがそんな表情を浮かべている時は、いたずらなどの悪巧みをする場合が多く、過去に何度か見たことがある顔であった。



 そうなった時、大抵ろくなことにならないという嫌な実績があり、治乃介が彼女がそんな顔を浮かべていることに一抹の不安が脳内を駆け巡った。



「ど、どど、どういうことなの!?」


「どうもこうもないわよ。今回のあなたと美桃先生との勝負に、無名先生も参加させてもらうってだけの話よ。何も難しい話ではないわ」


「ですけど、本人は了承するんでしょうか? ここで勝手に決めては無名先生に迷惑が掛かるのでは?」



 みゆきの提案に挙動不審になる零と、冷静に状況を把握し、懸念点を挙げる美桃という対照的な二人であったが、三人目である治乃介はどうかといえば……。



(マズイ、これは完全に面白がってる顔だ。母さんがこういう顔をする時、ろくなことが起こらないんだ)



 治乃介は、これから起こるであろう災難を憂いていた。

 まだ決まったわけではないのだが、何か良くないことが起きるというのは彼の中ではすでに決定事項であるらしい。



 そんなことを治乃介が考えていたその時、美桃の問いに答える形で、みゆきが彼に話題を振ってくる。



「無名先生はすぐにオッケーしてくれると思うわ。おーちゃんも先生と会ってるから、わかるわよね?」


「……」



 みゆきの意図に、治乃介は瞬間的に理解する。

 これは、治乃介と無名玄人が同一人物であることを隠すためのみゆきの策略だった。



 彼女の戦略としては、この先無名玄人の情報を小出しにしていき、ゆくゆくは美桃と同じような表舞台で活動する作家として仕立て上げていくつもりだ。



 だが、無名玄人の情報が出回っていない以上、現時点で彼の情報を漏らすことは愚策であり、せっかくの正体不明の謎の作家というステータスを無駄にしてしまいかねない。



 だからこそ、みゆきは治乃介と無名玄人がまるで別人であるかのような会話をし、それとなく治乃介に今回の【あのライトノベルがやべぇ】の件についてお伺いを立ててきているのである。



 十何年と一緒に暮らしてきているからこそ理解できる阿吽の呼吸。それが今、垣間見えた瞬間であった。



「確かに、あの人なら“面白い”って言ってくれると思うよ(別にいいけど、いきなり過ぎだよ)」


「だと思うわ。さすがはおーちゃん、わかっているわね!(ごめーん、でも面白そうじゃない?)」



 口にしている言葉と心の中で思っていることがちぐはぐであるが、両者ともアイコンタクトを駆使し、的確にその内面のメッセージを読み取っていく。



 これぞまさしく親子の絆と言いたいところであるが、その使われている場面が些か限定的で、もっと活用できる場所があるのではと思わざるを得ない。



 とにかく、治乃介の了承を得たみゆきは、にやりと口の端を歪ませながら、未だ状況が理解できていない二人に宣言する。



「というわけで、美作零VS美桃桜子VS無名玄人の三つ巴の戦いの始まりね!!」



 かくして、今話題の若手小説家たち三人によるラノベ対決が幕を開けたのであった。

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