12話
一森との面談が終わり、土日を挟んだ月曜日、再び全校集会が行われた。
午前中は通常授業を行い、昼休み後通常授業を切り替え、ホームルームが始まった。
「一年生諸君、学校生活はどうだね? 友達百人できたかね?」
「校長、たった一週間で友達が百人もできるわけがないじゃないですか。それとも、校長が学生の時はそれが当たり前だったと?」
「うぅむ、早乙女先生がわしをイジメる……」
「イジメてなどいません。事実を申し上げているだけです。それよりも、早く話を進めてください」
校長の言葉に鋭い突っ込みを入れる乱菊。
それに対し、校長も小粋な返しでおどけてみせるが、彼女には届いていない様子で、淡々と校長に話の先を促す。
「仕方ないのう。では、今回はわが校に存在する部活動についての説明会を行う。例年通りであれば、体育館に集まってそれぞれの部活に所属する生徒が新入生に対し、デモンストレーションを行うことになっているのだが、諸事情により今年は早乙女先生が各部活の説明とアピールポイントを読み上げてもらうだけじゃ。というわけで、早乙女先生の美しい読み上げに酔いしれるのじゃ!」
「そういうのはいらないです。それと、先ほどの説明について後でお話がありますので。では、今から私が各部活の説明を行いたいと思います」
真面目な話をしていたと思ったら、急に話の腰を校長が折ってくる。
そのことについて些かの苛立ちを覚えた乱菊だったが、今は真面目な場であることを思い返し、校長の言動についての咎は自分のやるべき仕事を片付けてから行うことにしたようだ。
乱菊の言葉に戦々恐々とする校長を尻目に、彼女は各部活の説明をこなしていく。
文芸高校の部活は、その名前にある通り体育会系よりも文化系の部活の方に力が入っており、体育会系は主に体を動かして運動を楽しみましょうというエンジョイ系の部活説明がほとんどであった。
一方、書道部や茶道部などの文化系に属する部活についての説明は、体育会系とは異なり、全国大会で何位を取っただの、有名なコンテストで金賞を取っただのと、その大会やコンテストなどの過去の実績が挙げられていくだけであったが、説明している乱菊本人が文化系の人間ということもあって、その熱の込めようは体育会系とは比べ物にならないほどであった。
「最後に、私が顧問を務める文芸部についてです」
そして、いよいよ最後の文芸部となった途端、突如として乱菊の雰囲気が一変する。
それは、まるで獲物を狙うような鋭い眼光がカメラのレンズを捉え、まるでその奥にいるであろう誰かを射殺さんとするかのような目つきだ。
そのあまりの鋭さに息を呑む者、失神して卒倒する者、あるいは何か新たな扉を開きそうになっている者など様々な反応を見せた。
「ちょ、ちょっと早乙女先生? なぜ、そんな今から人を殺しますみたいな目をしておるんじゃ? それじゃあ、生徒たちが怯え――」
「キッ」
「な、なんでもありません。殺さないでください……」
『うわー、校長の立場弱ぇー』
そのあまりの剣幕に、校長が諫めようとするも、それを阻止するかのように乱菊は校長を睨みつける。
本来であれば、そのような態度を取れば上司に楯突く素行の悪い教師として評価が下がるところだが、校長が乱菊に逆らう気概がないことと、実質的な立場として校長よりも彼女の方が力を持っているため、明らかな奇行であっても、校長自身彼女の行動を強く注意できなかったのである。
それを見た生徒たち全員が、校長と乱菊の間にある力関係を理解し、校長の情けなさを内心で突っ込んだが、あの鋭い眼光に逆らえることができる人間が果たして何人いるのだろうという考えに至り、校長の取った行動は不可抗力だと誰しもが納得したのであった。
そんな乱菊といえば、校長を視線で牽制したのち、再びカメラに視線を向けながら、意外にも静かなトーンで説明を始めた。
「我が文芸部が主に力を入れているのが、小説・詩などの創作活動で、それ以外にも俳句や和歌などを用いた句会や歌会なども定期的に行っております。部としての活動実績は、小説では去年の卒業生十三名中八名が小説家として作家デビューを果たし、残りの三名がライターとして出版社との専属契約に至っております。小説で言えば、在学中にプロの出版社の目に止まり、そのまま現役高校生として作家デビューを果たす生徒も少なくなく、我が部に所属する生徒の多くが将来プロの作家としての道に進む結果に至っています」
乱菊が他の文化系の部活と同じく、過去の実績を説明していく。
その説明を聞いて目を輝かせる生徒もいれば、文芸高校の文芸部であればそれくらいは当然だと頷く生徒の姿もあった。
元々、そういった校風である文芸高校には、作家を志す生徒が受験するケースは決して珍しくはない。
そのため、文芸高校を受験した生徒の中には、いずれプロの小説家やライターとして生計を立てるという夢を叶えようと、毎年多くの生徒が入学してくるのだ。
そして、その中でも文芸部に所属したいと望む生徒は多く、それが要因なのかは不明だが部員数は百人を超え、他校で言うところの強豪校の運動部クラスの規模を誇っていた。
「ですので、将来小説家やライターを夢見る生徒がいましたら、是非とも我が文芸部に所属することをおすすめいたします!」
「ちょ、ちょっと早乙女先生? 早乙女先生! か、顔っ、顔が近いですから!! カメラから離れて!!」
「……」
彼女には珍しく声を荒げ、まるで誰か特定の一人に向かって叫んでいるかのような乱菊に、さすがの校長も止めに入る。
だが、絶対にカメラの前から動こうとしない乱菊に、どうしたものかと校長は困り果てていた。
「絶対に、逃がさないわよ……」
『怖っ!?』
それは、何気ない一言であった。
だがしかし、そこに込められている感情が殺意なのかはたまたそれ以外の何かであるのか、それを本人以外知る術はない。
そして、そのどちらにせよそんな感情を向けられている相手は一体何者であるのかという疑問が浮かんだが、次の瞬間それが自分でないことを誰しもが強く祈っていた。
「……やっぱり、変な先生だな」
(やっぱり?)
未だにカメラの向こうで、その美しくも鋭い視線を向けている乱菊に対し、治乃介がそんな感想をぽつりと零した。
そして、隣の席であるが故かそれとも彼の言動に注目ていたのかはわからないが、それを耳聡く聞きつけた美桃が内心で彼の零した言葉に違和感があることに気付く。
治乃介が口にした“やっぱり”という言葉。この言葉に美桃は物書きとして違和感を覚えた。
つまりは、治乃介は今回の一件以外でも乱菊が“変な先生”であるということを認識するような出来事を経験をしており、美桃が知らないところでこういった彼女の奇行を少なくとも一度は目の当たりにしたことがあるのではないのかと推測したのだ。
そうでなければ、治乃介が放った“やっぱり”という言葉の説明がつかない。
そして、自分の知らないところで、あんな美人な先生と一体何をしていたのだろうかという疑問を美桃が抱くと同時に、その事実を認識した途端、彼女の胸にズキリとした痛みが走った。
(これは、この痛みは一体なに?)
生まれてから未だ十数年しか経験していない美桃にとって、それは初めて経験するものであった。
これが、経験豊富な人生を歩んできた三十代や四十代の女性であれば、その痛みの正体を理解することもできただろう。しかしながら、彼女にとって初めて経験するそれは、何かの病気かもしれないという不安の方が先行するものでしかなかった。
その痛みの正体に戸惑いつつも、今は治乃介の言動についての考察を頭の中で精査しつつ、このあと学校が終わったら一度病院に行こうと美桃は結論付けるのであった。
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