第24話 切り裂け烈風!エルVSラフルオ

 エルは円形上になっている通路を移動しながらラフルオの追撃を上手いこと躱していた。先ほどレイから作戦を伝えられており彼女は必死に真の歴史書の場所を探していたがあまりの数の多さと敵の追撃が激しくて躱すので精一杯になってしまっていた。


 どうしたものかと悩んでいる彼女の肩にディールの精霊であるバサンが紙切れを咥えてやって来た。エルは紙切れの内容を確認すると一瞬で状況を理解して棚の一番上で且つ最も古い予言書を探し始めた。するとすぐにそれらしき本を見つける。


「(あの本、タイトルが掠れてて読めないけど著者がクリスタル一家って書いてある。もしかしてあれの事かしら!)」


 エルは届きそうにない高い位置にあるクリスタル一家が書いた本を素晴らしい跳躍力を用いて飛んで手に取った。内容を確認するとそれは歴史書のように何年に何が起こるかが細かく書いてあった。彼女は真の歴史書改め予言書を手に入れることに成功した。


 すぐに予言書を袋の中に入れてから大きな声を出して他の仲間に作戦の成功を伝える。


「二人ともー、作戦は成功よ!あとはこいつらを倒すだけ」

「「分かった――!」」


 仲間たちの元気な返事が返ってくる。エルは覚悟を決めてラフルオと対峙する。


「作戦が何だって?キヒヒヒヒ!」

「あなたには関係ない話よ。それよりも今すぐここから逃げることをオススメするけどどうする?」

「キヒッキヒヒヒ!夢にまで見たエルフの女はやっぱりキレイだなあ。それに気も強いときた。オイラ好みの女だよ」


 エルはラフルオの一挙手一投足の全てに嫌悪感を抱いた。これほどまでに気味の悪い人間に会ったことがない彼女からしてみれば目の前にいるのは人間ではなくてケダモノの類にしか見えないだろう。


 ラフルオは気になるほどの前傾姿勢でひどい猫背だ。それに舌を常にだらだらと出している。長ったらしい鎖を両手にそれぞれ二本ずつ装備していて計四本持っている。


「オイラは”鎖男のラフルオ”さっさと終わらせて楽しもうや~」

「あの鎖があいつの武器みたいね」


 ラフルオは手に持っている鎖をずっとジャラジャラとさせている。エルは狙いを定めて魔法を撃ちこむ。


「”フーラン”【突風】」


 風の魔法をラフルオに目掛けて放ったがそれを軽々と躱されてしまう。ラフルオは空中にジャンプして片方の鎖を鞭のようにして攻撃してきた。エルの方も後ろにとびのいて躱す。先ほどまでエルがいた場所には鎖が突き刺さっていた。


「なんていう威力なの!あんなの受けたら一撃で骨が折れそう」

「よく躱したな~。だけどこいつはどうかな?”鎖百鞭打”【チェーンケントゥム】」


 ラフルオが鎖をエルに向かって乱雑に振り回して攻撃する。エルは何とか紙一重の所で鎖を躱しているが次第に攻撃が当たっていき掠った部分からは血が滲み出ていた。エルは必死に勝つための作戦を考える。しかし、作戦を考えている隙を突かれてしまい気づけば顔の目と鼻の先に一本の鎖が飛んできていた。一瞬のうちに顔を後ろに反らしてからフーランを下から唱えて鎖の軌道も上へと変える。鎖は彼女のおでこを掠めて後ろの壁に突き刺さった。その時、別の鎖が彼女の腹を直撃した。エルはその場に膝をついて額から流れた血が床に滴り落ちる。


「あっぶね~。危うく殺しちゃうところだったよそれに綺麗な顔が傷になるは嫌だからな~」


 エルは痛みをこらえながらなんとか立ち上がって弓に矢を3本つがえる。


「あなたの攻撃、大したことないわ。それにもう完全に見切った」

「生意気なのは良いね~。辱めがいがあるってもんだ!”ワッパ”【捕縛鎖】」


 ラフルオの放った鎖がエルの片方の腕をしっかりと捕らえる。絶体絶命のように見えたがエルは微笑む。彼女は拘束された方の腕に弓を持ち鎖が伸びている先にいるラフルオに向かって矢を放つ。


「こうすれば下手なエルフでも射抜ける!”ブルームンアロー”【花月矢】」


 エルの放った三本の矢は空気をも切り裂きうなりをあげながらそれぞれラフルオの手と膝、肩に突き刺さった。その痛みでラフルオはエルを捕らえていた鎖を放して距離をとった。身体に刺さった矢を無理矢理引き抜いてへし折ってから床にたたきつけるように投げ捨てた。ラフルオは怒りで震えている。


「もう許さないぞ。こうなりゃ手足を折ってでも手に入れてやる!」

「悪いけどあなたが私に触れることは不可能よ。それにあなたの事、今まで出会ってきた生物の中で一番嫌いだから」

「キヒヒヒ……キヒッ!俄然燃えてきたな~。これで終わりにしてやるよ!”鎖百鞭打”【チェーンケントゥム】」


 再び鎖の連撃がエルに襲い掛かるが既に一度見た技なので彼女は華麗に躱していく。しかし、これまでの戦いの傷が彼女の動きを鈍くしてしまった。あの大技の中に先ほどの捕縛するための技が忍びこまれていたのを見抜けず、今度は足が捕まってしまった。そのせいでエルは背中から床に倒れてしまう。


「しまった!」

「捕まえたぞ~意地でもその肌に触れてやる!」


 ラフルオは鎖を両手で持ち力いっぱいに引っ張る。するとエルの身体はズルズルと引きずられていき敵との距離が縮まっていく。エルは引きずられながらも弓を放つ体勢をとったがそれもラフルオにはお見通しだったらしく別の鎖を振り回して弓を弾かれてしまった。


「(このままだと負ける、何か逆転の一手を考えないと。でも、弓もないし魔法はあまり効いていない。どうすれば…………いえ、私は魔導の天才よ。今この瞬間に魔法を進化させて見せる!)」


 覚悟を決めたエルは両手を前に出して頭の中でより強い風の魔法をイメージする。


「フォウ・フーラン【暴風】」


 エルの手から放たれた魔法はラフルオの身体に直撃する。ラフルオの皮膚が切り裂かれていき物凄い勢いで後ろの壁に衝突した。


「キギャアアァゥッ!」


 ラフルオは悲鳴をあげて倒れる。しかし、ラフルオは立ち上がり落ちていた鎖を拾い上げてまた不気味に笑うがその笑い声の中には明らかに怒りの感情も込められていた。


「まだ動けるの!どれだけタフなのよ」

「お前は……もう……キヒヒ……許さないぞ……おとなしくしとけばよかったのに。後悔させてやる!”チェーン・レイン【土砂降りの連鎖】」


 ラフルオはジャンプして空中から鎖をエルに向けて叩きつける。エルは本棚の後ろに隠れながら落とした弓の所まで移動する。弓を拾った瞬間、鎖の攻撃が全身に直撃してしまい痛みでその場にうずくまってしまう。


「終わりだぁぁエルフの女ッ!」

「…………エルフは……私は、あなたなんかに負けるわけにはいかないの。……一族の誇りと威信にかけて!」


 エルは鎖の雨の中で立ち上がり、もう一度フォウ・フーランを唱える。魔法は再びラフルオに直撃して空中から落下する。ラフルオは急いで立ち上がるが鎖は遠くに落ちている。


「今度こそ仕留める!”ニガジュラスアロー”【黒幻樹の剛矢】」

「そうはさせるか!”ラークチェーン”【隠れた鎖】」


 ラフルオは大きく口を開けると口の中から鎖が出てエルに向かって飛んでいく。しかし、エルは姿勢を崩さずに集中して矢を放つ。同時に放たれた両者の想いをのせた一撃は空中でぶつかる。衝突の瞬間に美しい火花を散らした。鎖はエルの頬を掠める。一方の矢はラフルオの舌と喉元を貫いた。ラフルオは上手く発音できないまま最後に叫んで倒れた。


「……こんあほころへしぬなんへ……カハッ……エルフを奴隷にするオイラの夢があああ‼」

「あなたのような下衆が私の家族たちの目に入らなくてよかったわ」


 ”仙郷の大図書館の戦い”最上層のバトルはエルの勝ちで幕を閉じる。


 エルは頬に付いた血を手で拭ってから折れていない矢を回収する。出来る限りの治療を施してから袋の中の予言書が無事かどうか確認する。


「他の二人は無事かしら。それに予言書の中って何が書いてあるの?」

「それは駄目だぜ~エルフの嬢ちゃん。見つけてくれたのはお礼を言うけどそいつは俺がいただくものだよ」

「あなたはヴァント!なんでここに」

「部下の様子を見に来ただけなんだけど。あら~死んじゃったか」


 そう言いながらヴァントはラフルオの遺体の頭を靴についた汚れを落とすかのようにグリグリしながら踏みつける。その様子を見たエルは少しずつ後ずさる。


「これでも俺を慕ってくれてた可愛い部下だったんだぞ。今はもう喋らないゴミだけど……さ!」

「なんで仲間にそんなひどいことが出来るのよ⁉」

「仲間じゃないし、部下だし。それに言ったじゃん死んでんだからゴミと一緒だろ」


 ヴァントの行動に怒りを覚えたエルは矢を放つ。しかし、放たれた矢は次第に減速していきヴァントに届くことなく床に落下した。何が起こったのか彼女には理解できなかった。


「何も言わずに攻撃するなんてひどくない?エルフは弓が得意って聞いたけど、これじゃ大したことないね~」


 そう言いながらヴァントは床に落ちた矢を拾ってからダーツのようにして投げる。エルの心は段々と恐怖の色に染まり始めていたがここで折れるわけにはいかないと懸命に立ち向かう。

 

「矢が駄目なら魔法を使うしかないわ!”フォウ・フーラン”【暴風】」


 エルの放った魔法もまたヴァントの前で突如としてかき消されてしまった。


「芸が無いね~エルフって。そんなんじゃカミオン帝国の皇帝に選ばれし最強最大の七人の内の一人である七玹騎士の俺には勝てないよ。それと風魔法を使うってことはお嬢ちゃんの魂色は緑なんでしょ。奇遇だね~俺も魂色が緑なんだ。だから見せてあげるよ本当の風の魔法ってヤツを!」


 身の危険を感じたエルは咄嗟に基礎呪文と適正魔法を駆使して防御壁のようなものを作り出して守りを固める。ヴァントは気にせずに片手を前に出して魔法を唱える。


「”ウル・フーラン”【究極の嵐】」


 解き放たれた災害級の暴風は彼のいる位置から前にあるものを全て吹き飛ばした。天井や壁はもちろん跡形も無くなりそれでもなお勢いが収まらない暴風は奥にある滝にまで直撃して少しの間だけ滝を真っ二つにしていた。


 肝心のエルはギリギリの所で回避に成功して難を逃れることが出来た。しかし、完全に回避できたわけではなく、足が暴風に巻き込まれて動けない状態になってしまった。そして床に空いた穴から下の階層へと滑って落ちてしまう。


「あれ~生きてたのか。でもこの高さから落ちたらもうダメそうだね」


 ヴァントはいつの間にか手に持っていた予言書を大事そうにわが子を愛でるように撫でながら半壊状態の階段をご機嫌な鼻歌交じりに下って行った。

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