第21話 全ての知識が詰まった場所

 おれは仙郷の大図書館の大きな扉を力いっぱい押す。扉がギィ……と軋むような音をたてながら開いていく。仙郷の大図書館の中は日の光が差し込んでいて明るく、そして暖かかった。


 内装はとても幻想的でどこを見回しても本がぎっちりと詰まった本棚しかなかった。上へと行くには中央の螺旋階段しか手段が無くて、上にあがったとしても必要最低限の蜘蛛の巣のような形の通路しかなかった。本棚は中央から外側にかけて10列以上はあるしそれが何段にも積み上がっている。レイが目をキラキラと輝かせながら話し始める。


「これは確かに100年かけても読み切れなさそうだね」

「まさに圧巻の一言だな」

「これ全部で何冊あるんだろう?」

「数えるだけで何年もかかりそうだぞ」


 おれたちはそれぞれバラバラに探索し始める。しばらくするとエルが何かを見つけたらしく近くにいたおれを呼んだ。


「ディール、ちょっとこっちに来て」


 おれはエルに呼ばれて大図書館の中央へと向かう。中央には螺旋階段を囲むように本を読むための机と椅子がいくつかと何やらいろいろと書かれた大きな用紙が乱雑に散らばっていた。エルの声が螺旋階段を挟んだ向こう側から聞こえてくる。おれがそっち側に行くとエルの目の前に聖書台がありその上に一冊の本が置いてあった。


「この本だけこんな場所に置いてあるなんて変じゃないかしら?」

「そうだな。ちょっと調べてみるか」


 おれが本に触れると表紙が勢いよく開いて最初のページに文字が書かれていた。


『仙郷の大図書館へようこそ”運命の軸”を持つ者よ』


 ”運命の軸”だって⁉聞いたことがあるぞ。あれは確か3年前のおっさんの遺言だ。おれが再びページをめくろうとした瞬間、本が激しく光り出してページがパラパラと勝手にめくられていく。


「ディール、あなたいったい何をしたの?」

「おれにも分からないけど、この本が勝手に動き出したんだよ!」


「お――――い二人とも、見てよこの本いろんな魔法が載ってるよ」


 レイがのんきにもこちらに本を何冊も抱えてやって来た。しかし、レイは本が輝いている状況を見て手から本を落としてしまった。


「ええええええ!何で本が光ってるのさ!」

「おれも知りたいよ」


 輝く本がピタッと止まる。すると開いているページから何かが飛び出してきた。おれは咄嗟に腕を前に出して身構える。恐る恐る出てきたものの正体を見てみるとそこには……半透明の人間?のようなのが浮いていた。


「もしかして貴方はゴースト?」


 エルがそう聞くと浮いている半透明人間は首を縦に振って動くはずのない眼鏡を戻すしぐさをしてから話し始める。


「そうですそうですとも!ワタクシがこの仙郷の大図書館の司書を務めている元人間で現在ゴーストのビビルベルでございます。はっはっはっは!エルフはたまに来ますけど人間のお客様が来るなんて何百年ぶりでございましょう。それに”運命の軸”を持っているなんて!」


 ゴーストは高らかに笑って拍手しながらそこら中を飛び回っている。おれのポケットがもぞもぞと動き出して中からバサンが出てきた。バサンは出てくるなりゴーストと一緒に楽しそうに飛んでいる。


「おっと、申し訳ございません。可愛らしい精霊さんもご一緒でしたか!」

「あのーすいません。聞きたいことがあるんだけど」

「はっはっはっはっは」


 おれの声が聞こえていないみたいだ。おれはもう少しだけ声の音量を上げて呼びかける。そうしたらようやくゴーストが気づいてこちらに近づいてきた。というよりもおれの身体に埋まりやがった。


「はっはっは、すいません!これでは話しづらいですよね。離れますよ」

「…………ゴーストって皆こうなのか?」


「彼が特殊なだけよ」


 エルが冷静に対処する。おれは自ら司書と名乗ったゴーストに疑問をぶつけることにした。


「そういえばその本に”運命の軸”って書いてあったんだけど運命の軸っていったい何なんだ?」


 質問をぶつけられたビビルベルはそれまで笑顔だったのに表情を一変させて急に真顔になった。そして声を低くして喋り始める。


「それはワタクシの口からは申し上げることは出来ません。ただ一つだけ言えることがあるとすれば”運命の軸”所有者は歴史を変えてそれを持つ者同士はいずれぶつかるシュクメ……ああああああああ!これ以上は駄目でございます」


 そう言うとビビルベルは飛び回ってから床に突き刺さるように身体半分めり込んだ。ぶつぶつ何か独り言を喋ってから床から抜け出た。


「気を取り直しましてワタクシから皆様にお話ししなければならないことがあるのです。皆様には来てもらったことを記念して本をお持ち帰りいただいているのですがここでの制約上一冊のみとなっております。何の本をご所望ですか?」

「持ち帰れるのはいいんだけど別にここで読んでいけばいいんじゃないのか?」

「それはなりません!あなた方はここに来るのが遅すぎたのです。恐らく時間があまり残されていないでしょう。ここで本を読んでいる暇などないのです。さあ急いでお選びになってください」


 そんなことネウィロスの爺さんは一言も言ってなかったぞ。たった一冊だけとなると繰り返し読めておれが欲しい魔物図鑑が良いはずだけどおれは魂色の謎が書かれた本を選ばないといけない。それが目的でここまで来たんだからな。ビビルベルが早くするようにとせかしてくる。おれは口を開いて渋々答える。


「おれは……青の魂色について書かれた本が欲しい」

「青魂について記述がなされた書物はそう多くありません。そのほとんどが持ち去られるか消されてしまいました。しかし、この大図書館に奇跡的に情報は少ないものの一冊だけ残っております。それでよろしいですか?」


 おれはゆっくりと頷いた。次にビビルベルはエルに同じ質問をする。


「私は最初から決めてるわ。魔導に関する最高の書が欲しいの」

「ふむふむ。でしたら、とっておきの一冊がございますよ。フォルワの歴史上最高の魔導士と呼ばれている隠された天才”イルザード”が残した書物です。この書物には魔導とは何か?から新呪文の創り方、呪文の組み合わせの可能性などが記されております。それでよろしいですか?」

「それでお願いするわ」


 エルは納得して答えた。最後にビビルベルはレイに質問をする。


「僕は………………このフォルワにいるすべての魔物について書かれた図鑑をくれないかい?」


 レイの言葉におれは耳を疑った。レイが魔物図鑑だって?おれはすかさず問いただす。


「何言ってるんだよレイ!お前が欲しいのは歴史に関する本のはずだろ」

「だけどさ、僕は今後の旅のことを考えたら魔物図鑑を手に入れた方がいいと思ったんだ。僕から君へのプレゼントだと思ってさ、受け取ってよ」


 これ以上詰めてたらおれがカッコ悪い。レイの思いやりをありがたく受け取ることにした。


「もう相談はよろしいですか。魔物図鑑で良いんですよね?」

「それでお願いするよ」

「かしこまりました。それでしたらサンアスリム地方からアルテザーン地方までの現存する種から絶滅した種まですべての魔物について書かれた書物はいかがですか?」

「文句の付け所がなさそうだね」


 全員の要望を確認したビビルベルはおれたちにここで待つように言ってから本を取りにどこかへ飛んで行った。待っている間におれたちは残された時間を使って近くの興味が湧いた本を手当たり次第に読んでいった。しかし、下の階層にはよさそうな本が見当たらない。『ドワーフが作る洞窟飯』とか『気難しい龍族との交渉術』とかだ。


 別の本を求めて階段を上がろうとした時、ビビルベルが戻ってきた。ゴーストなのにどうやって持ってくるのかと思っていたが宙に浮かせた状態で持ってきたみたいだ。


「皆様、お待たせ致しました。こちらがワタクシ推薦の書物でございます!」

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