第20話 恐怖を乗り越えて
川のある場所に出るとそこには切り立つ崖と崖の間に橋が架かっており、橋の下に川が流れていた。崖から川までの高さは言うまでもないな。落ちたら確実にあの世行きだ。それよりも気になるのは橋の上に立っている老爺だ。
老爺はまるで絵本に出てくる魔法使いのような格好をしていた。皺だらけで先端がへし折れている青鈍色の三角帽子を被り、同色の厚手のローブを羽織っている。手には木材を雑に削って作られたであろう杖を持っている。
橋自体はつる性の葛の植物で作られたかずら橋になっていて人一人分しか幅がない。おれを先頭にして恐る恐る橋の柵の部分に両手を置きながら中央にいる老爺に向かっていく。
「おいレイ、あんまり揺らすなよ」
「だって僕高いところ苦手なんだよ!」
「下ばっかり見てるからだろ。前だけ見とけよ」
「やっぱり無理だよー」
そう言ってからレイはおれの身体にしがみついて背中に顔をうずめた。これじゃまるでケンタウロスみたいだ。歩きづらい。
「あなた達ふざけてる場合じゃないと思うんだけど」
「僕の方は真剣だよ!」
老爺に近づいたタイミングでおれが声をかけてみる。後ろのエルは背中に装備している矢筒に手をかけている。いつでも攻撃できるようにだ。レイは変わらずガタガタと震えている。
「あのーすいません。そこ通してもらえますか?っていうかあなたは誰ですか?」
おれの問いに反応はない。老爺のまっすぐで一切の曇りのない瞳はおれたちを見定めるようにじっくりと見つめている。
「ディール、話が通じないならこっちから行きましょうよ」
「頑張ってディール!」
二人にせかされながらもおれは一歩ずつ進んでいく。手を伸ばせば届きそうな距離になったところで老爺は突然、霧になって消えた。正体不明の老爺が消えて安心したのも束の間、橋が大きく揺れ始める。
「これ崩れるんじゃない⁉」
レイがその場にしゃがみこんで今度はおれの足元を掴んでいる。おれはレイを立ち上がらせるとエルが指示を出した。
「みんな走って!」
おれたちは橋から落ちないように細心の注意を払いながら駆け抜けていく。橋を通り終えると揺れはいつの間にか収まっていた。
「あれは誰だったんだ?」
おれとレイはエルの方を見ると、エルは困ったような顔をして答える。
「私に聞かないでよ!私だって知らないわよ」
「あのお爺さん、消える前に笑ってなかった?」
レイが不気味なことを言うもんだからおれは少しだけ背筋がひんやりとしてきた。
「変なこと言うなよ。あの爺さんがお化けだって言いたいのか?」
「そこまでは言ってないけどさ……」
エルが深く考えてから一言呟く。
「もしかしたら今のは幻を見せる幻覚魔法かもね」
「だったら術者が近くにいるんじゃない?」
レイの考えは正しい。だが、エルはその考えを否定した。
「近くに他の人間の気配は感じられない。これは設置された魔法だと考えた方がいいわね」
設置された魔法っていうのはいわゆるトラップのようなものだ。地面を爆発させたり触れたものに状態異常を付与させたりすることが出来る高度な魔法。
「罠だとしてもあの程度だったらただのいたずら魔法だな」
「結局何だったんだろうね」
おれたちはさっきの謎の魔法の意味が分からなかったが考えていても答えが出るわけじゃないので先に進むことにした。
木々の間を抜けるとそこには目的の仙郷の大図書館があった。周囲は奥の滝から流れてくる水流に囲まれていて高めの石垣の上に建っていた。離れた位置からでも分かるくらいには巨大な建造物。建物自体は円形のドーム型で木製だ。
ここから入り口までだいぶ高低差がある。
「回り込んで登るしかなさそうだな」
「あと少しだね。頑張ろう!」
きつい傾斜を登って上へ上へと進んでいくとようやく入り口と同じ高さまで来ることが出来た。しかし、次の問題がおれたちにやって来る。川をどうやって越えるかだ。
「この川をどうやって越えたらいいんだろう?」
「とりあえず歩けるかどうか調べた方がいいだろ」
おれは近くに行って川の中に手を突っ込んでみたが肩まで入れても底に届くことはなかった。
「どうだった?」
「ダメだな、底が深いぞ」
おれたちは集まって川を渡るための作戦会議をすることにした。まずはおれが案を出してみる。
「頑張って泳いでみるのはどうだ?」
するとエルが食い気味に否定する。
「それは絶対却下ね。だって私、泳げないもん」
「流されるのがオチだね」
エルに便乗してレイも却下した。次にレイが案を出す。
「泳ぐのが無理なら飛ぶのはどうかな?」
「翼がないのに飛ぶも何もないだろ」
「エルの風魔法で飛ぶんだよ」
「流石にこの距離じゃ届かないわね」
「エルは何か案がないのか?」
おれが聞くとエルは立ち上がって近くの木に絡みついているツタに触れた。ツタはニョキニョキと元気よく伸び始める。しかし、ある程度伸びたところで成長は止まってしまった。
「橋でも作れたらいいんだけど無理そうね」
「そういえばエルフは植物も操れるのか」
エルは首を横に振る。
「ほんの少しだけよ、橋なんてとてもじゃないけど作れないわ」
…………これならいけるかもしれないな。おれは袋の中から魔宝具の一つであるロープを取り出す。
「もうこの方法しかない。まずはもっと上まで登るぞ」
おれたちは再び登っていき仙郷の大図書館の屋根と同じくらいの高さまで来た。
「まずはエルが植物を操って大図書館の近くの木に結んでくれないか」
「それぐらいなら何とかなるかも」
エルがツタに触れて念じるとツタは勢いよく伸びて仙郷の大図書館の近くに生えている木の幹にしっかりと結びついた。おれは確認のためにツタに触れて耐久性やほどけないか調べた。これなら大丈夫そうだ。次におれが魔法のロープに念じて輪のようにしてからツタに余裕を持たせて結ぶ。
「これでよし!」
レイがぶるぶる震えながら聞いてくる。
「まさかこれを使って滑り降りようなんて考えてないよね⁉」
「流石レイだな。察しが良くて助かるよ」
エルがロープを引っ張りながら喋る。
「この強度じゃ三人一度に移動は無理そうだけど」
「エル?何で冷静に分析してるのさ」
「だってこれしかもう方法は無さそうだし、それに面白そうよコレ」
おれはエルの質問に答えながら作戦を伝える。
「一人ずつ移動する。このローブは特別だから自由自在に伸ばせるんだ。誰かが向こうへ着いたらローブを伸ばしてまたこっち側に戻せばいい」
「これ途中で千切れないよね……」
レイが伸びているツタをツンツンとつつく。
「まずは誰から行くかだけど……」
おれがそう言うとレイはぶんぶんと首を激しく横に振り、エルは持っていたロープをおれに差し出す。
「まあ流れ的におれだよな。手本を見せてやるよ!」
エルからロープを受け取って崖のギリギリまで移動する。おれはゆっくりと崖から飛び出すと傾斜によって加速して仙郷の大図書館のある大地へと滑り落ちていく。その途中でおれは重大なことに気づいてしまった。
これはどうやって止まればいいんだ?このままだと木に激突する。……こうなりゃもう一か八かやるしかない!
おれは途中でロープを手放して地面へと転がるようにして着地した。しかし、勢い余ってゴロゴロと転がっていき仙郷の大図書館の壁にぶつかってしまった。目を開くと世界が逆転していた。……いやおれが逆向きになってるだけだな。おれは逆向きになった身体を起こしてからロープを手に取って無事を伝える。
「お――――い!おれは大丈夫だぞ」
「どうみても大丈夫じゃなさそうだったんですけど――――」
「ひとつだけ言っておくと着地にだけ気をつけてくれ」
レイの声が聞こえてくる。おれはアドバイスを残してからロープに念じてもう一度レイたちがいる方へと伸ばす。あっち側でエルがロープを掴んだのを確認したらおれはロープから手を放す。すると、ロープが縮んでいきあっち側に戻った。
向こうの様子を見ているとどうやら次はエルが飛ぶらしい。エルはここから見えない位置まで下がっていく。いつ飛ぶのか気になっていると突然エルが飛び出した。どうやら助走をつけて滑り落ちる気らしい。
レイは正気か?という顔をしているのがこの距離からでも分かる。おれは急いでツタが絡まっている木から離れる。おれの時と比べて明らかに勢いが違う。エルは激突する前にロープから手を放して空中でひらりと回転しながら見事に着地した。
「あ――楽しかった!」
どうやらこの命懸けの移動は彼女からしてみればただの遊びと変わらないらしい。おれはロープを再びあっち側に返す。次はレイだ。だけど、レイは高いところが苦手だ。これを渡る勇気があるかどうか……。
「レイー頑張れ――。こんなの一瞬だぞ!」
「あの世まで行くのも一瞬だろうね!」
レイがロープを握ってからかなりの時間が経過していた。どうしたもんか……。エルがとうとう痺れを切らしてレイを鼓舞する。
「レイ、これぐらい飛ばないとカッコ悪いわよ!」
エルのキツイ一言でさっきまでビビりっぱなしだったレイが覚悟を決めて飛んだ。レイがどんどんこちらに近づいてくる。
「レイ!手を放して着地するんだ」
「そんなの無理――――――‼」
レイはロープにしがみついたままだったので勢いそのままに木に激突した。ぶつかったレイは虫みたいにひっくり返ってしまった。おれはレイのそばに駆け寄って身体を起こす。
「やったなレイ、飛べたじゃないか」
「これぐらいどうってことないよ」
レイは服に付いた葉っぱを落としながら頑張っていかにも余裕ですって感じで返事をした。
「そうね、やるじゃない。だけど、鼻から血が出てるわよ」
エルが自分の鼻を指さしてレイに教える。
「えっ!」
確かにレイが怪我をしていた。レイは確認のために鼻の下を触ると指に血がついた。エルはレイに近づいて癒しの魔法をかけて治療する。
「でも次からはもっと早く飛んでほしいわね」
「次が無ければ一番いいんだけどね」
おれたちはこうして無事に仙郷の大図書館にたどり着けた。はやる気持ちを抑えきれずにおれたちは入り口に向かって走り出した。
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