第13話 魂色の適正魔法

 エルフの里を見回った次の日の早朝、というよりほぼ夜明けともいえる時間におれたちの泊まる部屋の扉をドンドンと叩く音で目が覚めた。扉の向こうからエルリシアンの声が聞こえてくる。


「いつまで寝てるのかしら?早く修行するわよー」


 おれはボサボサの髪を適当に直しながら扉が壊される前に急いで扉を開けた。


「まだ夜明けの前なんですけど……」

「何言ってるの?もう朝じゃない、普通のエルフはもうみんな狩りや警備に出てる時間よ」


 忘れてた。確かエルフは活動時間が夜明けから陽が沈む直前までという人間とは少しだけ異なるというのが描いてあったはずだ。おれは枕に抱き着いて眠っているレイをゆすって起こした。


「起きろーもう時間だとよー」

「……まだ夜じゃないか、もう少し眠らせてよ……zzz」

「エルリシアンがもう来てるんだよ。早くしないと怒らせちまうぞ」


 おれがそう言うとレイはすんなり起きて支度を始めた。準備を終えたおれたちはエルリシアンの後について行ってエルフの里内を移動した。


 連れてこられたのは幹の外側の広い空間で日の出の陽の光が良く差し込む場所だった。それにしても地面のツタはどれだけ踏んづけてもびくともしない。流石は世界樹といったところだな。


「ここはエルフの警備隊が使っている訓練所よ。ちなみにあなた達を捕まえてきたのが警備隊」


 あの時女王の近くにいたメレスっていうエルフの声を何処かで聞いた事あると思ったらおれたちを捕まえた張本人だったのか。


 おれが勝手に納得しているとエルリシアンはどこかから木製の肩から足先まである長さの杖を取り出した。


「人間の魔法使いは杖を使うって聞いたんだけど本当なの?」


 おれはそういうのに詳しくないのでレイが彼女の素朴な疑問に答える。


「僕の知っているエイリレ王国の宮廷魔導士は確かに杖を使ってたね」


「やっぱり、人間はとても真面目なのね」


 そう言うと彼女はまず杖と魔法の関係について教えてくれた。しかし、彼女は話始めるとどんどん熱が入っていき途中から何を言ってるのか分からなくなってしまったがおれの分かる範囲でまとめてみた。


 まず杖を使う最大のメリットは正確性。杖を介して魔法を使うほうが成功しやすく、それに加えて単純に魔法の火力が上がったり複雑な呪文を唱えたり出来るようになるらしい。


 これだけ聞いていると良い所しかない気がするがエルリシアンの解説によるとデメリットとしていくつか挙げていた。1つ目が弓を使うエルフにとって邪魔だからだそうだ。2つ目に杖を介すことで消費される魔力が多くなってしまい持久戦に向いていない点。最後に杖自体が利用者にとって合わない可能性があるからと言っていた。

 

 説明を終えたエルリシアンは持っていた杖を上に投げた。


「という訳で杖は使わずに魔法が使えるようにしましょう。これはもう要らないわね」


 そう言うと上に放り投げられた杖はパンッと弾けて杖から色とりどりの花に変化して散った。


「魂色によって使うことが出来る魔法は”適正魔法”と呼ばれているの。私の場合は緑の魂色だから適正魔法は風属性とかね」


 なるほどな。魔法の中にもいろんな種類や属性があるってわけだ。おれが感心しているとエルリシアンは早速手本を見せてくれた。


「そしてこれが風属性の魔法よ。見づらいからしっかり見ておいて」


 エルリシアンが左手を前に出した。


「”フーラン”【突風】」


 エルリシアンが呪文を唱えると彼女の手の先にあった植物で出来た人形が真っ二つにスパッと切れた。魔法の威力は凄まじいし何より戦闘中にあんなのを撃たれたら躱せない。おれは頭の中で早速対策を考えてみたがいい案が思いつかなかった。


 エルリシアンはどんなもんだいといったドヤ顔で他の植物人形を魔法で吹き飛ばしたり切りつけていた。彼女が満足し終わったタイミングでおれたちは盛大な拍手を送った。すると彼女は満足げにしていた。


「今のが基礎的な属性の魔法ね。ところであなた達の魂色は何色なの?」


 やっぱりこの質問が来てしまったか……しかし、嘘をついたところでどうしようもなさそうだったし何よりカミオン帝国の脅威がないのでここは正直に話すことにした。


「僕は橙色だけど。橙の魂色の適正魔法は何?」

「人間で橙って珍しいわね、人間には普通色しかいないと思ってたんだけど」


 それを聞いたレイが小声でおれに話してきた。


「もしかしてアルテザーン地方じゃ人間って舐められてるのかな?」

「そりゃあヒトよりもエルフとか龍のほうが強いんだから舐められるだろ」


 エルリシアンはおれたちがコソコソと話しているのもお構いなしに橙の適正魔法について教え始めた。


「橙の適正魔法は他の魂色と比べても特殊で仲間を助ける補助魔法が得意なの。補助魔法っていうのは例えば仲間や自分自身の力や素早さ、守りを底上げして本来のポテンシャルを越える能力を引き出すことが出来るようになるわ」


「レイの橙の魂色って凄いんだな」

「僕も知らなかったよ。もしかするとロイドドラゴンと戦ったあの時の謎の力の正体は魔法だったのかもしれないね」

「確かに!じゃあレイはもう魔法を使ったことがあるってことか」


「それなら話は早いわね、後は補助呪文について学んでコツを掴みさえすればって感じ!次、ディールの魂色は何?」

「おれは……青だ」


 おれがそう言うとエルリシアンは目を丸くして驚いていた。驚く姿は母親そっくりだな。


「青色なんて私の知る限り聞いたことないわ」

「やっぱりな、サンアスリムでも知っている人に会ったことない。命は狙われたけどな」

「それは何というか、災難ね。でももしかするとネウィロス様なら何か知ってるかも!こうなったら今すぐにでも聞きに行かなきゃ。修行は中断してさっさと行くわよ」


 おれたちは昨日からずっと彼女に振り回されている気がする。あのフィリスよりも強引だ。エルリシアンとともにネウィロスと呼ばれるエルフの元に向かった。


「ネウィロス様、お聞きしたいことがあるのですがお時間大丈夫ですか?」

「ああ!エルリシアン王女か。よいところに来た、今まさに新しい植物薬の調合に成功したのだ」


 そう言うと白い髭が今にも地面につきそうな程伸びた老爺のエルフが大きな金属製の大釜から紫色の液体を取り出してガラスの瓶に入れた。なんだかヤバそうな液体だ。


「これは耀桜の葉っぱにロイドドラゴンの尻尾、ヒポポタマス・パトリアーチの髭。あとは星百足の毒を入れて完成じゃ。これを飲めば虫除けの効果が現れるぞ!」


「なんだか凄そうなものをたくさん入れといて虫除けかよ!」


 おれはついつい突っ込んでしまった。しかし、おれの一言で老爺がこちらの存在をようやく認識した。


「おやおや、人間の客人とは珍しいの。坊主よ、たかが虫除けと侮るでないぞ。このアルテザーン地方には坊主が想像する何倍もの大きさを持つ虫型の魔物がうじゃうじゃおるんじゃぞ」

「凄いのは分かりましたよ。それよりもエルリシアン、聞きたいことがあるんだろ」


「そうだったわ。ネウィロス様、そこの黒髪の彼の魂色が青色らしいのですが何か知りませんか?エルフで一番の知恵をもつあなたならと思いここに来たのです」

「ほう、青色とな!聞いたことないの…………」


 ネウィロスの返答におれが少しばかり落ち込んでいるとレイが肩に叩いて励ましてくれた。


「しょうがないさ、サンアスリムの歴史の本にだって載っていなかったんだから。多分ディールが世界で初めての青なんだよ」

「でもな……何も分からない事ほど怖いものはないぜ」


 するとおれたちの会話を聞いていたネウィロスが大釜をかき混ぜながら何かを思い出したようだ。


「そこのサラサラ髪の坊主、良いことを言うたぞ!ワシらが知らないのなら歴史を調べれば良いのじゃ」

「ですがネウィロス様、私の読んだことがあるアルテザーンの歴史書には青の魂色について書かれてなどいませんでしたよ」

 

「恐らく世界に流通している歴史書は何者かによって偽の情報が所々に入っておる。しかし、真の歴史を示した歴史書があるなら話は別じゃ。それになら載っているかもしれん」


 おれたちは正直話についていけなかった。どうやらエルフの特技は会話の中で人間を置いていくことも含まれているらしい。

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