第7話 美味いメシと束の間の休息

 おれは何度も自分の目を疑った。だって目の前に立派な家があるからだ。前にレイの家の屋敷を見たことがあるんだけどあれと比べたら小さいがそれでも充分にでかい。おれが驚いているとレイが追い付いた。レイも目の前の家に驚いている。


「あれって、どう見ても家だよね。それに煙突から煙が出てるってことは誰かいるんじゃない!助けてもらおう」

「そうだな。ちょっとだけでも休ませてもらえるか頼んでみよう」


 でもやっぱり変だぞ?なんでこんな森の中に家があるんだ?それにここは立ち入り禁止の森のはずだ。そういえばおれたちが通って来たのは獣道じゃなくて誰かが整備したような草1つ生えていない道だった。だけど駄目だった、怪しんではいたが疲労には勝てずに足は自然とその家に向かっていた。

 扉の前に立って誰かいないか尋ねてみる。外観を観察してみたが別におかしいところはない。


「あのーすいません、誰かいませんかー?ちょっとだけ助けてほしくてー」


 呼びかけてみたが反応がない。


「返事がないね。留守番中なのかな?」

「しょうがないな。諦めて先に進もう」


 おれたちは諦めて立ち去ろうとすると後ろから扉が開く音がした。振り向くとそこには優しい表情を浮かべた老婆が立っていた。顔には皺がたくさんあり、中でも笑い皺が印象に残る。


「あらまぁあらまぁどうしたの坊やたち、迷子にでもなったのかしら?」

「そうなんです。この森を抜けようとしているんですけど、中々たどり着けなくて」

「ここは森の真ん中だから間違って進んじゃったのかもねぇ。うちで休んでいくかい?あったかいスープやお風呂もあるよ」

「いいんですか!ディール、是非ともお邪魔させてもらおうよ」

「でも……。いや、折角だからお世話になるか!」

「じゃあ決まりね。ゆっくりしていきなさい」

「「お邪魔しまーす」」


 内装も別に変な所はない。玄関から中に入りホールの左側に食事に使うであろう長テーブルがある部屋。右側には来客用の応接室があった。まだ奥にも部屋がありそうだがここからではよく見えない。中央には階段があり、2階とは吹き抜けの構造になっている。おれたちは老婆に応接室よりも奥の部屋に案内された。


「先にお風呂に入りなさいな。お着替えは、昔子供たちが着てたのを後で持ってくるわねぇ」

「ありがとうございます!」


 おれたちは優しい老婆に促されて二人で一緒に風呂に入ることにした。浴槽は大きいわけではなかったから交互に湯に浸かる。おれは外を見て老婆がいないことを確認してからレイに話しかける。


「なあレイ、ちょっとだけこの家変じゃないか?」

「そう?別に変なところなんてないじゃないか。部屋にドクロでも飾ってあればまだしも、あんなにおばあさん優しいんだよ。そんなに疑うのは失礼ってもんだよ」

「そうだよな。メシまで食わせてくれるって言ってたし大丈夫か!」

「今ぐらいは好意に甘えてゆっくり休ませてもらおうよ。まだまだ長旅になるんだし」


 久しぶりの風呂は最高に気持ちよかった。充分に温まったのでおれたちは着替えてから浴室を出て婆さんを探した。ホールに行くと婆さんに呼ばれて食事部屋に向かう。


「あらあら、お風呂からでたのね。湯加減はどうだったかしら?」

「はい、ちょうどよかったです。ね!ディール」

「ええ。お風呂ありがとうございました」

「次はお食事にしましょう。好きなところにお座り」


 おれたちは向かい合うように座席に座って待つと婆さんが料理を運んでくる。スープは湯気が立っていてとてもいい匂いがしてきた。


「どうぞ、召し上がれ」

「「いただきます」」

 

 久しぶりのまともな食事ということもありおれはスープにがっついた。スープは具だくさんで肉類やキノコ類がたくさん入っている。とにかく美味かった。レイはというとこんな場でも貴族がでてる。食事の作法が完璧で丁寧に食べていた。

 食事を終えてしばらく応接室で休んでいると玄関の扉が開く音がした。


「婆さんや、今帰ったぞぉ」

「あらまぁあらまぁ爺さん、お帰りなさい」


 婆さんのように皺が目立つ爺さんがやって来た。爺さんは……直接言ったらダメだろうけど頭のてっぺんが寂しい感じだ。年相応なのかもしれない。腰には仕留めてきたであろう小動物がぶら下がっていた。爺さんは食事をとっているおれたちに気づくと挨拶をしてくれた。

 

「なんじゃなんじゃ、お客様が来てたのか。こんなところまで来て大変だったじゃろう」

「あっ、どうもお邪魔してます。森を中々抜けられなくて助けてもらっていたんです」

「でも、そろそろ行かないと。そうだろレイ」

「何を言っとるんじゃ。もう外は真っ暗なんじゃから今日は泊っていきなさい」


「ほらお爺さんが泊っていいって言ってるんだから泊まらせてもらおうよディール」


 おれは渋々了承して泊まらせてもらうことにした。おれたちは応接室で老夫婦と会話をする。だけどおれの故郷が焼かれたことや帝国から追われていることなどは隠した。おれ自身でその話を掘り返すのは嫌だったし、知られたくもなかった。だからおれたちはその場で話を合わせてともだち同士で森に遊びに来たら抜け出せなくなったことにしておいた。


「あらまぁあらまぁ何日もこの森にいるのねぇ。大変だったでしょ」

「まあ、魔物に襲われて戦ったり、葉っぱしか食べられなかったりとか……」

「なんじゃなんじゃ小さいのに魔物とやりあうとは坊やたちはなかなか勇敢じゃないか」


「ところで、坊やたち程の年齢だと魂色の儀を受けたのかしら?」

「えっと……」


 レイがこちらを向いている。おれは嘘をつくことにした。

 

「魂色の儀は受けましたよ。おれは灰色でした」


 おれが灰色だと言ったとき爺さんの方の表情が一瞬だけ曇ったように見えた。

 

「僕は……橙色でした」


 冗談だろレイ!ここはどう考えても嘘をついた方がいい場面なのに何で本当のこと言っちゃうんだよ。正直者すぎるレイに困惑しながらも会話は続く。


「そうかいそうかい、橙色だったのかい。そりゃ珍しいねぇ。将来はお偉いさんになれるかもねぇ」

「そうじゃのぉそうじゃのぉ。出世街道まっしぐらじゃのぉ。でも、灰色の坊やもきっといいことあると思うぞぉ」

「そこまで言われると照れますね……」


 レイは褒められて上機嫌になっているが、老夫婦もかなり上機嫌になっている気がする。全部がただの”そんな気がする”だがここまで違和感が集まると老夫婦の笑顔ですら流石に異様な感じだ。


「あらまぁあらまぁもうこんな時間ですか。空いている寝室を貸してあげますからそこでお眠りなさい」

「そうじゃのぉそうじゃのぉ。婆さんや案内してあげなさい」


 おれたちは婆さんについて行って寝室に案内された。それぞれベッドに入り、婆さんが部屋を出ようとする前に忠告される。


「トイレなら浴室の隣にありますよぉ。……それと、二階の右側の部屋には”入らない”ようにねぇ。お婆さんとの約束よぉ」

「「分かりました」」


 婆さんが部屋を出た後におれは一度扉を開けて近くに老夫婦がいないことを確認してからレイに話しかける。


「レイ、明日は早めにこの家から出よう。聞いた話だとこの家は森の真ん中だ。あと少しで抜けられるぞ」

「せめて洗濯が終わって僕らの服を返してもらってからにしようよ。だからもう少しゆっくりしていこう。じゃあ僕もう疲れたから眠るね。おやすみ」


 レイは人を信じすぎてるというか緊張感がないというか、そのまっすぐさがいいところなんだけど。こんな時ぐらいは少しは警戒してほしいな。

 おれは中々眠ることができなかった。連日あの悪夢にうなされているのもあるし、何よりあの婆さんの最後の言葉が気になる。入ってはいけない部屋って何だ?あの老夫婦が隠してるものは何だ?それと普通の家と違う違和感の正体は何だ?いろんなことを考えていると少しずつ眠くなってきた。疲労には勝てずおれは眠ることにした。

 

 おれは明け方に目が覚めた……というより目が覚めてしまった。またあの悪夢だ。家族が殺され、謎の騎士がおれに迫ってくる所で毎回起きる。夢の中ですらおれは無力だ。

 

 早く起きたので、違和感の正体を探るためにこの家を探索することにした。

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