第2話 モブと初めての彼女(強制)

「私の彼氏になって?」

彼女の口から出た言葉に茂が唖然とする。

「…え?…彼…え…。」

「だーかーら。彼氏彼女の関係になろうってこと。」

ニコニコとこちらを見つめる柄崎。茂は与えられた選択肢が

1つしかないというこの状況と、柄崎の彼氏になることが確定してしまった

この事実を受け止めきれずにいた。

自分は今身動きが取れず、反撃できる要素が何処にもない。

更に抜け出せたとしても、扉から自分が縛り付けられている台までの

距離がココからでは見えず、最悪捕まって殺される。

「茂くん。もう1回言っておくけど…逆らったら殺しちゃうかもしれないんだよ?」

顔の横に何かが勢いよくドスッと刺さる。

恐る恐る目を向けた先には、鋭利に研がれ、薄暗い部屋の中をキラリと

照らしている長い包丁だった。

「…なるので、これ外してもらっても…」

「んー。じゃあなるのに必要なことをしてもらおうかな!」

ならなけらば死ぬ。その考えだけが茂の頭の中をくるくる回っている。

眼の前の女が何を考えていようと、従う。それが最優先。

「なんですか…?」

「キスだよ?キス。」

(…これ結構ヤバいのでは?)

今の状況を整理すると、完全に彼氏彼女宣言をさせられただけでなく、

さらにキスをするという条件。柄崎の持つ狂気的な愛を受け止め続ける

おそらく高校生活の中ではそうなってしまうだろう。

「あの…そういうのはもうちょっと先に進んでから…。」

今はただキスを避けたいという一心で柄崎にしてしまった。

そこで茂はハッと気づく。今、自分がとんでもない過ちを犯していることに。

気づいたときにはもう遅く、視界から柄崎が消えていた。

「今。したよね?反抗。」

ゾッとするぐらい低い声が耳元で響く。体が痙攣する。

呼吸が荒くなる。体が言うことを聞かない茂の耳の中を柄崎の声が

重く響く。

「どうしよっか。腕と足を切り落とすか…あ!目を片方くり抜いたら

私のことしか見れなくなるんじゃ…!でも一番楽しいのは馬乗りで

サンドバッグかな〜。」

簡単に想像ができてしまう。自分がどう足掻いても柄崎からの苦痛を

逃れられないと。もう逃げ場が無いと。

耳元で囁かれていくこと一つ一つが危険で、狂気的。

「柄…崎さん…」

ビクつく声で茂は声を振り絞って柄崎の名前を呼んだ。

コレで駄目だったらもう明日に生きていることは無いだろう。

「何?茂くん?まだ反抗するつもりでいるの?」

少し苛立ちを込めてこちらを睨んでいる。茂は首を大きく横に振り、

早口で答えた。

「ぼ…僕は柄崎さんのことが好きです…!だから付き合ってください!」

何かが変わることを祈るしか無い。最初に出された選択肢を、もう一度

拾い上げる方法に茂は賭けていた。

「ふーん。で?何がしたいの?」

もう誤った回答はしない。ただ1つ。彼女の思うままの選択肢を。

「キス…させてくださ…ムグっっっっ⁉」

喋っていたはずの茂の唇に、柄崎の唇が重なる。

茂の顔を柄崎の両手ががっしり掴んでおり、一切離れようともしない。

強引に唇を奪われた茂の頭は完全にショートしていた。

唇を重ねているだけなのに、体が暑く感じる。キスされてから3分が

経ったところでやっと離され、酸素をめいいっぱい吸いんだ。

「ハァッ…ハッ…ハッ。」

「と、言う事で。今日からよろしくね?私の彼氏君。」

嬉しそうに縛られたままの僕を見つめて言う。

先程の恐ろしく狂気的な目や言葉使いは消え、今は自分の欲しい

物を手に入れて喜んでいる可愛らしい女の子になっている。

一先ず死なずには済んだ…と安心したのも束の間だった。

「早速彼氏としての仕事をしてもらうね。」

何か黒いものを持ってこっちに近づいてくる。

「仕事…?」

「そう。茂くん自覚してないかもだけど…結構君モテてるんだよ?

だから今日朝から茂くんを狙ってる雌豚が盗撮してるカメラ回収してたんだから。」

柄崎は茂の拘束を解き、7種類の小型カメラとスピーカーの着いた盗聴器の

ようなものを彼の目の前に広げた。

「コレは…。」

「今日朝にクラスに訪ねに言った時回収したカメラと盗聴器だよ。

茂くんのロッカーと机。そして茂くんの上着にも。」

驚きを隠せない茂の手を掴み、そして強く握りしめた。

「この学校に貴方を狙う人たちが必ず現れる。だから私の彼氏としての

役目。まずは1人を絶対あぶり出すんだからね。」

茂は最初こそ柄崎に恐怖を抱いていたものの、この彼氏となる条件の

中に、自分を守るためという重要な点があることから悪い人では

無いだろうと感じた。

「じゃあ彼氏っていうのは建前…。」

「何言ってるの?私が好きだからだよ?他の雌豚になんか絶対くれてやらないんだ

から。浮気したら×××して××××した後に××するからね?」

「あ…はい。」

こうして、新たなカップルがこの学校に生まれた。

容姿端麗、成績優秀な柄崎天葵。二年生

あまり目立たないぼっち陰キャな西木田茂。二年生

半ば強制的に関係を築き上げられた茂。

だがそれ以上に問題の自分を狙う7人の人物から逃れられることが

出来るのだろうか。

この物語はそんな二人の普通ではない毎日のお話である。




「あちゃー。見つかっちゃったかー。」

暗い部屋の中、パソコンを見ながらコーヒーを啜る影があった。

その画面に写っていたのは、茂が何者かから監視されていると告げている

柄崎の姿だった。その人物は近くの写真建てを手に取り、

気味の悪い笑みを浮かべた。

「しげくんは私のモノの筈だったのにな〜。あの頃までは…。

でも天葵ちゃん。そんな貴方の目の前で奪うのも凄くイイんだけどね。」

その写真建ての中に写っていたのは、前髪が目を隠すように伸びた男の子

のまだ幼い頃の写真だった。









続く。

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