第23話16歳編⑤

 暫くしてまりあは目を覚まし、ハッと起き上がる。

「お姉ちゃん!おじちゃん!!」

 そこにはまりあの姉の聖奈せいなと、叔父の聖一郎せいいちろうがまりあを見つめる。まりあの手には羽根の形をかたどったシルバーのピアスの片割れが遺されている。

「留守番押し付けちゃってごめんね、マリー。忘れ物を取りにきたら、あなたがソファーの上で寝てて…」

 姉の言葉に、まりあは思わず大粒の涙をこぼしながら泣いてしまった。

「どうした?やっぱり、留守番はイヤだったか?」

「違うの…夢にパパとそっくりの男の子が出て来て…楽しく話してたら…突然私にキスしていなくなっちゃって…」

 まりあはそう言うが、それは夢ではなく、本当の事…聖一郎の力で一時的に眠らせられてしまったため、カズマ少年と一緒にいた事は全て、まりあが見た夢として置き換えられてしまったのである。カズマ少年がそこにいた証拠は、まりあの手のひらにあるピアス以外に、家の中の至る所に残っているが、それは聖奈と聖一郎だけの秘密である。




 1997年3月3日―スイーツ界フルーティア連邦首都アンゼリカ


 気が付くとカルマンは、左側の耳たぶに小さな風穴が開いている事も気にせず、ベッドの上で呆然と天井を見つめていた。未来の世界で出会ったまりあは、勇者シュトーレンの妹…つまり、彼女も未来のカルマンの娘だったのだった。

『そう言えば、勇者シュトーレンから受け取った小瓶の紋章…あいつのネックレスの紋章と同じだ…』

 不意にセレーネの事を思い出した刹那、カルマンは心細く感じてしまい、思わず瞳を潤ませる。

「手ひどく突っぱねたんだ…今頃馬車でドナウヴェレに向かって…」

 そう呟くカルマンだが、突然部屋の中にある人物の気配を感じ取り、勢いよく起きあげると、そこには馬車に乗っていたはずのセレーネが佇んでいた。


「ご、ごめんなさい…また、道に迷ってしまって…今度こそ本当に、ドナウヴェレに…」

 そう言いながらカルマンに背を向けて去ろうとするが、カルマンに袴を掴まれ、身動きが取れなくなってしまう。


「傍に…いろよ…お前がいねぇと、心細くて眠れねぇんだよ…」


 まるで置いてけぼりにされた子犬のような表情をしながらセレーネを見つめるカルマンに、セレーネは思考回路が停止してしまう。

「ばあちゃんの事も、ジュリアとの戦いの事も…全部水に流すから…もう…俺の傍から離れるんじゃねぇ…お前、方向音痴なんだから…」

「勇者様…それって…」

「だから、俺の事「勇者様」って呼ぶんじゃねぇっ!!!」

 セレーネのセリフを遮るように、カルマンは思わず声を荒げる。

「俺は「カルマン・ガレット・ブラーヴ・シュヴァリエ」!!!俺の事を「運命の人」だって思ってるなら、俺の事は真名で呼べ!」

 そう叫んだカルマンは、今度はセレーネの左手首を掴み、そのままベッドに引き寄せる。



『それは、自分の目で確かめろ!!でも…これだけは言っておく!誰かに自慢したくなるほど、素敵な女性だ!』



 不意に12歳の時、未来の自分に言われた事を思い出すカルマンだが、巫女としての実力はからっきし、パーティーの足手まといな上に、ドジで方向音痴で、料理は黒焦げの塊しか作れない巫女のどこが「誰かに自慢したくなるほど素敵な女性」なのか疑いたくなってしまう。しかし、カルマンに対してひたむきな姿勢だけは、「ちょっとは自慢してもいいかな」と、思うのであった。


「で、でも…カルマンって、年上の女性は…」

「嫌いだよ!偉そうな態度で図々しく絡んでは、マウントとってくるし、イヤミったらしく見下すし…初めてお前に会った時は、「コイツだけは一生許さねぇ」って何度も思ったよ!!!でも…旅をしてきて、お前はそんな奴じゃなかったってわかって…その…」

 2人でベッドに腰かけながら、年上の女性が嫌いな理由を述べるカルマンだが、途中で言葉を詰まらせてしまい、セレーネに背を向けつつ勢いよく横になってしまった。


「それって、「私の事が好きになった」って事ですよね?」

「うるせぇ…そうやって人をからかう態度が、一番嫌いなんだよ…」

 顔全体を真っ赤に染め上げながら、カルマンは元の姿に戻った大剣と古びた小瓶をサイドテーブルに置いて、眠りについた。勇者シュトーレンは夢に出てこなかったものの、セレーネが傍にいる事で、やっと祖母から教わらなかった「勇者として大切な要素」の最後の一つ「育まれゆく愛」に気づく事ができたのだった。

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