第24話16歳編⑥

 1997年3月3日―スイーツ界フルーティア連邦ドナウヴェレ郊外


「嫌いな奴を好きになるのは簡単な事じゃない。時と場合にもよるが、気持ちが変わった事を受け入れる事に、時間を要するからな。」

 首都アンゼリカへ向かう大衆向けの夜行馬車の中、ヨハンは天井を見上げながら、隣にいる精霊に語る。

「それに、カルマンは12歳の時、お前の魔法で未来を知ってしまったんだ。それも、祖母と一番許せない相手の2人の面影の両方を持つ人物と出会ったのだろう…」

「まぢごめん…」

「それは本人に言え…勇者モンブランが亡くなったあと、カルマンは一家を支えねばならなかった。わずか12歳で一家の大黒柱なんて、容易くこなせるものじゃない。ましてやこの世界を救う勇者として、その身を削らねばならない…カルマンには荷が重すぎたんだ。」

「でも、カルっちはずっと平然としてたけど…」

「それはみんなに、「心の弱い勇者」だと認識されたくなかったからだ。大きな心の負担が重なり、それがやがてストレスとなって、今回の結果となった。カルマンは勇者としての自分自身から目を背けてしまった…これは私達の責任でもある…」

 幼き僧侶の言葉に、1人の精霊は涙を流すが、目元に施した化粧が瞬く間に崩れ、すっぴんが露わになると同時に、恐ろしい見た目と化してしまった。


 ヨハンがアンゼリカに向かう事になったのは、弟子の魔法学校入学試験の最終試験のためにアンゼリカに赴いているジュリアからの知らせであった。ジュリアの弟子であるエクレール少年は、アンゼリカにやってくるや否や、1人の吟遊詩人の追っかけを始めてしまったのだ。当初はエクレール少年に手を焼く日々だったが、たまたまその吟遊詩人の歌を聞く機会があり、その際に気づいてしまったのである。


「吟遊詩人カノンの正体はジュリアの幼馴染・カルマンである」…と。歌声、歌の内容もまさしくカルマンだと気付いたジュリアは、急いで手紙をヨハンの元へ贈ったのである。

「カルマンは元々、母・ペネロペの影響で音楽の才能に長けていた。アンゼリカで吟遊詩人をしていると聞けば、納得がいく。叔母がアンゼリカ国立歌劇場の館長だと言ってたから…」

 ジュリアから送られてきた手紙を握りしめながら、ヨハンはカルマンの本音に気づけなかった己自身を悔やむ。




 翌日―スイーツ界フルーティア連邦首都アンゼリカ


 あれから一夜が明け、カルマンが目を覚ますと、そこにはセレーネが眠っている。いつもなら怒鳴り散らしてベッドから追い出すカルマンであるが、今は違う。

「この巫女の言う通り、俺はこいつと「運命」で結ばれていたんだな。」

 元通りとなった大剣の柄を握りしめ、バラ色の宝石に触れる。カルマンの恰好は寝間着から瞬く間に真紅の甲冑姿となったが…


「いでっ…か、身体に…食い込む…」


 1年で成長期を迎え、身長が約20センチも伸びたカルマンには、1年ぶりに身を包む甲冑は小さすぎたのだった。カルマンのうめき声で目を覚ましたセレーネは咄嗟に起き上がるものの、思わず掛布団に膝を踏みつけてしまい、ベッドの上からカルマンの方へ転がってしまったのだった。


「なんなの?今の大きな音は!!!」

 オルタンスの叫び声と共に、カルマンの部屋のドアを開ける音が響く。オルタンスの視界には、壁に頭をぶつけて気絶している甲冑姿のカルマンと、薄手の白いワンピース姿の女性がカルマンに跨っている姿だった。女性が誰であるのか知らないオルタンスは、思わず絶叫しながらカルマンの部屋を飛び出し、母親の名を呼びながら去ってしまった。


 オルタンスが騒いだことにより、セレーネの存在が屋敷中に知れ渡り、カルマンとセレーネはオルタンスの母・マロンに呼び出されたのだった。

「とんでもない事をしてくれたわね…セレーネ・ノエル・ブランシュ!!!カノンの正体がカルマンだって事は知られていないから、スキャンダルにはならないけど…無断で屋敷に侵入した事は、覚悟してもらうわ。勿論、彼女の侵入を許したカルマンも覚悟して頂戴。」

 メルバ夫人の厳しい表情と言葉に、カルマンとセレーネは咄嗟に縮こまる。

「問題を起こした以上、まず屋敷からは退去していただくわ。つまり、カルマン…あなたはこの屋敷の執事としてはクビよ!!!」

 覚悟はしていたが、退去とクビという言葉がカルマンに重くのしかかる。


「それから、これはカノンの方になるけど…カルマンが勇者としての力を取り戻すまでの契約…つまり、カノンとしての活動は本日をもって終了とさせていただくわ!!!」


「そ、そんな…追い出すのは…」

「悪いけど、これは契約なのよ。カルマン…今日はカノンとしての最後に相応しいステージを飾りなさいね?」

「はい…館長…」

 慌てふためくセレーネの真横で、カルマンは覚悟を決めたかのように答え、セレーネの腕を掴みながら、メルバ夫人のいる書斎をあとにする。



 部屋の荷物をまとめたカルマンは1年間伸ばしていた髪を切り、14歳の姿でセレーネと共に叔母一家の屋敷を出て、歌劇場へと向かう。歌劇場にはカノン目当ての観客が群がり、開場を待っている。


「ガチャッ…」


 裏口に到着すると、カルマンはカノンの姿で裏口のドアを開け、セレーネと共に楽屋へと入る。カノンの付き人としての通行証に顔写真はついておらず、セレーネは何食わぬ顔で歌劇場の中へ入る事ができた。

「お前の力で、俺は勇者として力を取り戻した。だから、俺の復活劇…ここでしっかり見とけよ?」

 14歳の姿で、女装もしている状態ではあるが、カルマンはそっとセレーネに口づけ、舞台へとやってくる。観客席にはカノンを待ちわびるファンが集まり、カノンを呼ぶ黄色い歓声が響き渡る。


「突然ですが、私…カノン・クレープ=シュクレは、本日をもちまして吟遊詩人としての活動を終了させていただきます。」


 あまりにも唐突な歌劇場のアイドルの告白に、観客席は動揺を隠せない。

「どういう事だ?」

「恐らく…取り戻したんや!!!勇者としての力を…」

 動揺する観客席の中、ヨハンとジュリアはカルマンが勇者としての力を取り戻した事を確信した。カノンとしてステージで話を続けるカルマンは、覚悟を決めたかのように歌を歌い始める。


「♪~」


 カノンとしての歌声で、瞬く間に動揺する観客は静まり、いつもの歌劇場の活気に戻る。今回がラストステージであるためか、歌う曲はいつもより多い。


「それでは、これが最後の新曲です!!!」


 カノンの姿でそう宣言したカルマンは光の魔法でステージの装飾を変えてしまい、さらに…


「♪~」


 幻影ではあるが、甲冑姿のカルマンがステージ上に現れてしまったのである。ほんの一瞬の登場であったが、カノンの後ろには、まるでプロモーションビデオのように歌いながら映像に出るカノンが映し出され、曲の終わりでモニターに映し出されたカノンは観客に向かって「さよなら」と言わんばかりに手を振り、曲が終わる。喝采する拍手の中、カルマンは観客席にお辞儀をするとそのまま振り返ることなくステージを出て、舞台袖のセレーネの腕を引っ張り、そのまま歌劇場の裏口を飛び出してしまった。


「「カルマンっ!!!!!」」


 幼馴染の前でウイッグ、魔法具、衣装を放り投げたカルマンは、大剣の柄を握ると同時に甲冑姿になり、セレーネを抱えたまま着地した。今朝とは違い、甲冑は現在のカルマンの体系に沿うような大きさと形状になり、身体への締め付けは解消された。

「勇者ガレット、これにて完全復活だぜ!!!!!」

 先ほどの歌劇場のアイドルと、現在の姿に戸惑うヨハンとジュリア、そしてヘーゼルだが、元気いっぱいの幼馴染の表情に安堵を示しつつ、馬車へと飛び乗った。

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