第21話16歳編③

『俺は勇者モンブランから、スイーツを作る事と剣技、そして人間界の事しか教えられてもらってねぇ…だから、俺には想いを寄せている相手なんかいねぇ。それに、あの巫女に関してはただの足手まとい!ヨハンのいとこじゃなかったら、真っ先にパーティーから追い出してたよ。』



 あの時、確かにカルマンはヨハン達にそう伝えた。しかし、その直後に大剣が石となり、勇者としての力を失ったのである。カルマンはその理由を見つけ出すため、セレーネ達と別行動をとる事を決めた。しかし、未だにその理由はわからぬまま…まるで時が止まったかの如く、大剣は石の形状を保っている。

「ばあちゃん…俺は勇者として、何が足りなかったんだ…?確かに、俺は勉強はからっきしだったし…運動神経と音楽しか取り柄がなかった…光の魔法も、マスターできたのは勇者になってから…俺に…何が足りなかったんだよ…」

 部屋のベッドに仰向けになりながら、空高く掲げる石となった大剣を見つめるカルマンの涙はとうに枯れ果て、虚ろな目で視点を大剣に集中する。


「なんで…あの巫女が…俺の傍にいると…あの人…未来の…俺の…娘…勇者…シュトーレンが…俺の夢に出てくるんだよ!!!教えてくれよ…ばあちゃん…」


 カルマンがそう叫んだ刹那、4年前に見た温かい光の球体がカルマンの目の前に現れ、カルマンの全身を瞬く間に包み込んでしまった。



 2023年8月12日―人間界


「何よ、私だけ未成年だからって、1人で家に居ろって事?信じらんないっ!!!」

 玄関先で1人の少女が声を荒げながら靴を脱ぎ、階段を上る。カフェ兼住居の家屋のため、住居の機能は2階より上となっており、玄関のすぐ近くに階段がある。3階はトイレ、洗面所、浴室、そして洋室が2つあり、1つは姉夫婦、もう1つはまりあとまりあの父と兄が共同で使用している。

「結婚式の大事な話なら、私も参加したっていいじゃない…いじわる!」

 そう言いながら、まりあは入浴の準備をはじめるべく、浴槽にお湯を入れ始める。これまでは井戸からくんできた水を火を点けた薪で沸かしていたが、今の住まいに引っ越して以降、浴槽近くのボタン1つでお湯がはれる…まりあにとって、この生活様式はとてもありがたいことだったりする。洗面所で入浴の準備を進める中、突然浴室から光が放たれ、突然浴室から人の声がし始める。何事かと思ったまりあは、下着姿のまま咄嗟とっさに浴室の扉に手をかけ…


「ガラッ…」


 まりあが浴室の扉を開けると、そこにはずぶ濡れの赤い髪の少年が浴槽からはい出てきた姿だった。「のぞき目的」だと判断したまりあは、咄嗟に警察を呼ぼうとするが、どうにも説明しにくい状況のため、急いで父親のタンスから男物の服を取り出し、洗面所に置いていたバスタオルと共に少年に差し出した。

「あ、ありがと…」

 そう呟く少年は、声も仕草もまりあの父親に似ていて、まりあ自身も対応に戸惑ってしまう。やがてお互い着替えを済ませると、今度は少年の腹部から空腹のサインが鳴り響き、まりあはしぶしぶ食事の用意を始める。辛うじて冷蔵庫の中に父親が作ったシーフードカレーとご飯がそれぞれタッパーの中に保管されており、どちらも電子レンジで温め、皿に盛りつける。まりあがそれを少年に差し出すと、少年はきらきらと目を輝かせる。

「パパが作った奴だけど…」

「いただきます…」

 スプーンを握りしめ、勢いよくカレーを食べ始める少年だが、その美味しそうに食べる様子は、まさにまりあの父親と瓜二つだ。

「何で人んちのお風呂に居たのか聞かないけど…私はまりあ。「首藤しゅとうまりあ」よ。あなたの名前は?」

「お、俺は…か…カズマ!名前はそれしか思い出せねぇ…」

 何故か言葉を詰まらせたのか気になるところだが、少年が名前を名乗った刹那、まりあは名前まで父親と瓜二つである事に、驚いたような顔をする。



 カズマ少年がカレーを食べ終えると、少年はまりあにお礼の言葉を述べる。まりあも少年と同じ赤い髪ではあるが、その顔立ちはどことなく少年の「因縁の相手」と似ている。

「ねぇ…カズマって、好きな人…いるの?」

 同じ年頃の少女に質問を振られたカズマは、思わず飲んでいたコーラを吹き出しそうになる。

「そ、そそそ…そんな奴いねぇよっ!!!いるワケねぇだろ!」

「その反応は、いるんだ?もしかして、その人には恋人がいるとか?」

「…恋人というより、婚約者がいたんだ…俺には…近くても手に届かねぇ存在…」

 顔全体を赤く染めながら、悲し気な顔をするカズマに、まりあは何も言わずに彼に近づき、そっと口づけた。


 あまりにも唐突なまりあの行動に、カズマは言葉を失ってしまう。

「それなら、恋人になったげる…私がね?」

「そんな事…言うなよ。でも…まりあが恋人なら、毎日が騒がしいほど賑やかで退屈しねぇかもな?」

 カズマの「騒がしい」の一言に、まりあは思わずむっとする。

「それ、どーゆー意味?騒がしくさせてるの、誰のせいよ!!!」

「い、一緒にいて楽しいって事だよ!!!実は俺の事追っかけてる奴でまりあに似てる奴がいるんだけどさぁ…ドジだし、いっつも足引っ張るし、挙句には方向音痴で料理もできねぇ…お前とは真逆のイタい奴でさ…」

「って、そいつストーカーじゃない!!!何で警察に相談しないのよ!お姉ちゃんも明日香も、ストーカーに遭った時、警察に相談しにいったわよ!!!」

 カズマのセリフを遮るかのごとく、まりあは思わず声を荒げてしまう。そんなまりあの言葉に驚くカズマは、「警察」を知らないのか、きょとんとした表情をする。

「け、ケーサツ?」

「まぁ、お姉ちゃんの時はストーカーしたのが警察の人だったけど…それで、そのストーカーさんと比べて私はカズマからどう見えてるワケ?」

「そいつと比べるのもおこがましいけど、しっかりしてるし、話してると楽しいし、料理も上手いし…それに、恋人になったら毎日が楽しくなりそうだぜ。」

「言ってくれるじゃない…」

 カズマの言葉にそう返しながら、まりあは誇らしげな顔をする。

「私の周りに同じ年頃の子が4人いるんだけどさぁ…2人は既に相手がいるし、1人はコミュ障だし、もう1人は両親の件で恋愛どころじゃなさそうなんだよねぇ…だから、こうして同じ年頃の男の子と恋愛の話をしたの、カズマが初めてなんだ。」

 カズマに周囲の異性の事を語るまりあの表情はとても無邪気で、カズマも思わず笑みがこぼれてしまう。

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