第20話16歳編②

 暫くして馬車は1軒の大きな屋敷の門をくぐる。セレーネは誰にも見つからぬよう、鉄製の柵を何本か外し、屋敷の侵入に成功する。なんとか玄関の方に目を向けると、そこには既に馬車を降りた2人の男女がおり、どちらも赤くて長い髪をしており、男の方はセレーネにとって面影のある顔立ちをしている。


『やっぱり、あの方は勇者…様?もし本当なら、ヨハンの反対を押し切ってまでアンゼリカに向かった甲斐があったわ!!!』


 実を言うと、セレーネ達はカルマンが船でドナウヴェレへ向かった後、カルマンの後を追う様にドナウヴェレへと向かったのだった。しかし、セレーネ達がドナウヴェレへ着いた時には、カルマンは叔母のマロンが手配した馬車でドナウヴェレを離れており、セレーネ達は勇者の少年の行方を掴むことができなかったのだった。


「あの後、何も言わずに私達の前から去ってしまうなんて…やはり、勇者モンブランが暗殺された時の事や、ジュリアさんとの戦いの時の事で、私に対して怒ってしまったのかしら。」


 一応、イタズラ以外は反省しているようだ。裏口から屋敷に侵入する事に成功した1人の巫女は、誰にも見つからないように裏口のすぐ近くにある厨房の1台のワゴンに潜り込む。厨房では、カルマンと屋敷のメイド達が食事を作っており、とても楽しそうに歌劇場での事を語るカルマンの表情に、セレーネは少しばかり安堵の表情をうかべるが…

「奥様が仰る通り、あなたは勇者になるより、スイーツを作って商売をしたり、音楽で人を魅了する方がいいのかもしれませんね。」

「勇者の剣が石になってしまった以上、もう俺は勇者として生きて行けねぇんだ…もう家族や仲間にすら合わせる顔もねぇ。」

「それなら、法務局でフルーティアの永住権取ろうよ!!!今は「カノン・クレープ=シュクレ」としての永住権のみだけど、旦那様に言えば、すぐカルマンの永住権を取ってもらえるわ!」


「!?」

 カルマンとメイド達の会話を聞いた刹那、セレーネは驚きのあまり、声を失った。カルマンの持っている剣は石になっており、力が使えなくなったというのである。


『ねぇ、どうしてカルにぃは勇者の恰好じゃなかったの?』


『だからあの時、あの子はああいう質問をしたのね。』

 港でのシンシアの発言に納得している間に、カルマン達は食事を作り終え、それをメイド達がセレーネが隠れていない方のワゴンに食事を乗せて運ぼうとしている。

「今日はいつもより多く食べるのね?やっぱり、カノンちゃんになっている間はエネルギー沢山つかうのねぇ…」

「まぁな。片づけは俺がやるから、オルタンス達の事は頼むぜ。」

 カルマンがそう告げると、メイド達はお喋りに花を咲かせながら食事を運び始める。そして、メイド達が厨房から出払った事を確認すると、カルマンは未使用の皿を取り出し、料理を取り分けると同時にセレーネが隠れているワゴンの布をめくり上げ、その皿をセレーネの前に置いた。


「今夜だけだぞ…夜が明けたら、すぐにヨハン達の所へ帰れ!もう…俺は、お前らの仲間なんかじゃねぇ…」


 そう話す表情こそ見えないが、セレーネはどうにも納得がいかないような顔をしながら、与えられた食事を頬張り始める。

「もう…俺は勇者じゃなくなったんだ…だから…俺は…お前の言う「運命の人」なんかじゃねぇ…」

 嬉しいのだろうか…悲しいのだろうか…悔しいのだろうか…涙交じりで話すカルマンの様子をどうにか確認しようとするセレーネだが、突然セレーネが隠れているワゴンが動き出す。


 やがてワゴンの動きが急に止まり、セレーネは思わず気絶してしまうが、彼女が気が付くとそこは小さな部屋で、カルマンの旅の荷物が部屋の隅に置いてあるのが確認でき、部屋のベッドにはカルマンがセレーネに顔を背けているものの、左手だけセレーネの方を向けている。


「手ぇ…握るだけだからな?これ以上変な事したら、すぐ追い出すからな。」


 セレーネに対してそう話すカルマンの左手は、1年前と比べてセレーネより一回り大きく、背丈も背中を見てもわかるように、セレーネより高くなっていた。彼の左手をぎゅっと握ったまま、セレーネは眠りにつく。そんな彼女に安心しきったのか、カルマンも彼女に顔をそむけたまま、穏やかな表情で眠りについた。



 やがて夜が明け、カルマンに言われた通り、セレーネは屋敷を出たものの、アンゼリカの街のあまりの広さに、セレーネはヨハンのいるドナウヴェレへの行先を見失ってしまう。元々方向音痴であり、仮に地図を読んでも方向感覚が全くなく、迷っているうちにカルマンが現在住んでいる屋敷よりも広大な敷地の前にたどり着いてしまった。そこはコンポート女学院という帝政時代から存在しているお嬢様学校であり、何台もの馬車が学校の門を出入りしている。その中には勿論、カルマンのいとこのオルタンスもおり、彼女の送迎もまた、カルマンの仕事である。

「帰れとは言われたけど…やっぱり、お傍にいたい…例え過去の事を赦してもらえなくても、勇者様の本音が知りたい!!!」

 そう心に決めた1人の巫女は、道に迷いながらも、カルマンが現在暮らしている屋敷にたどり着き、裏口から再び屋敷の中に侵入する。もう既に学校は1日の授業を終えており、オルタンスはカルマンの送迎によって帰宅する。


「俺はヨハンの所に帰れって言ったはずだが?」

 2度も自分が最も顔を合わせたくない相手と再会してしまったからか、カルマンの機嫌はすこぶる悪い。

「み、道に迷ってしまいまして…」

 1年ぶりにはっきりと見るカルマンの顔立ちに戸惑いを隠せないセレーネではあるが、その面影は変わっておらず、セレーネは安心する。そんな彼女と対峙するカルマンも、不機嫌な表情をしている割には、まんざらでもない。

「それに、今…私を見て嬉しそうな顔をしましたね?本当は会いたかったんじゃ…」

「違う!!!誰かお前と再会したいって望んだ!もう俺はお前の仲間じゃねぇんだぞ!!!!!」

 顔全体を真っ赤に染め上げながら否定の言葉を放つカルマンだが、本音を隠しているのがセレーネから見てもハッキリとわかってしまう。今にでも泣きそうなカルマンの表情に、セレーネはぐっと息を呑む。


「そう…ですよね…あなたのような、自分の本音から逃げているような方が…私達の仲間じゃありませんよね…」


「お前がいると…気持ちが狂っちまうんだよ…」

 握りこぶしを震わせながら告げるカルマンに、セレーネは何も言わずに背中を向け、屋敷をあとにする。そんな1人の巫女の後ろ姿を見つめながら、カルマンは涙を流しながら「これでよかったんだ」と呟きつつ、屋敷に戻る。

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