16歳編
第19話16歳編①
1997年3月1日―スイーツ界シュガトピア王国ビルベリー領
「前略、シフォン姉様。
お元気でいらっしゃいますか?僕はジュリア師匠ご指導の下、修行に励んでおります。
現在は最終試験のため、師匠と共に学校のあるグレートホイップからフルーティアの首都・アンゼリカにいます。
フルーティアは芸術文化に長けており、中でも帝政時代の頃から育まれてきた音楽の発展は素晴らしいものです。
特に僕のお気に入りは、カノンという僕と同じ年齢くらいの女の子が歌う歌の数々で、日々の修行の励みとなっています。
姉様もフルーティアにお越しの際は、是非彼女の歌を聞いてみてください。きっと気に入ると思います。
父上の補佐は大変だとは思いますが、くれぐれもお身体をご自愛ください。
草々
エクレール・ブレッドソン」
ビルベリー領で精霊達の保護と薬の調合を行っているシフォン・ブレッドソンの元へ、魔法学校入学準備中の弟から手紙が届いた。かつてのクラスメイトが弟の修行相手だと知った時は驚いたが、2人共元気で過ごしているようで、シフォンは書斎でクスりと笑う。
「コンコン…」
ドアをノックする音が響き、シフォンは書斎をあとにしてドアを開けると、そこにはブランシュ卿夫人と双子の少年少女が立っていた。
「はいはい、お母様のお薬をもらいに来たのね。そちらの椅子に座って待ってて、今用意するから。ご夫人も、いつもすみませんね。」
片割れの少女から羊皮紙と5枚の金貨を受け取ったシフォンは、双子と夫人に椅子に座って待つように告げると、真っ先に調剤室へ入る。羊皮紙に書かれているのは、ブランシュ卿によって書かれた処方箋で、金貨はブランシュ卿が双子に託した薬の半年分の代金だ。
「本来なら、長男が薬を取りに来るべきなんだけど…事情が事情だものね。こんな幼い双子と病弱の母親がいるのに、長男を旅に出させるなんて…国王は何を考えているのかしら。」
他人事ではあるが、どうにも双子の事はほおっておけず、机の上で薬の調合を行いつつ、シフォンは国王に対して苦言を呈する。
『あの子も…魔法学校を卒業後は、ジュリアみたいに旅に出てしまうのかしら…』
翌日―スイーツ界フルーティア連邦首都アンゼリカ
「♪~」
アンゼリカ国立歌劇場のステージで、1人の少女が金色のロングヘアーをなびかせながら、曲に合わせて歌を歌う。まるで天使のようなボーイソプラノは、歌劇場に集まった観客たちを魅了する。彼女の名は、カノン・クレープ=シュクレ。去年の4月に彗星の如くデビューした彼女は、瞬く間にアンゼリカ全体のスターと化した。
10年ほど前の帝政崩壊による混乱もやっと落ち着き、民衆達の生活に余裕が生まれた中、彼女の歌はとても心地が良い。本日のステージが終わると、カノンは舞台袖を経由し、楽屋に入る。その楽屋には、彼女とほぼ同じ年齢の赤髪の少女・オルタンスが立っている。エメラルドグリーンを基調としたワンピースに身を包んだオルタンスの手には、カノンと同じ金髪ロングヘアーのウイッグがある。
「お疲れ様、裏口にはカノンちゃん目当ての出待ちがいるけど、今、じいやが対応してるわ。」
そう言いながらオルタンスはウイッグを被り、まるでカノンと瓜二つの姿となる。そしてカノンはカーテンを閉め、ステージ衣装を脱ぎ始めると、カーテンの中から虹色の光があふれ出す。
「そうそう、今日も魔法使いの子が花束を裏口に置いて行ったわ。「また性懲りもなく追っかけを続けて」…って、お師匠様らしき女の人にめちゃくちゃ怒られていたけどね。」
カーテンの向こうにいるのはカノンだが、オルタンスの話に思わず吹き出す笑い声は、明らかに男性の声に変わっている。虹色の光も弱まり、中では誰かが着替えている様子がうかがえる。
「でもさぁ…こんな生活初めて1年になろうとしてるけど…もう勇者に未練はないの?」
オルタンスの問いかけと共に、カーテンが開き、そこから出てきたのはカノンではなく、1人の16歳の少年・カルマンだった。フルーティアにやって来て以降、カルマンは髪を伸ばし始めると共に、成長期と変声期を同時に迎え、155センチと童顔低身長だった去年と比べると、その姿は本当に同一人物なのか疑ってしまうほどの成長っぷりである。そんなカルマンは、ドナウヴェレへ到着後に叔母のマロンと合流。そのまま彼女が暮らすアンゼリカへ向かい、彼女の計らいで普段は屋敷の執事として働きながら、女装して歌手・カノンとして歌っているのである。ただし、変声期と成長期を同時に迎え始めてからは、マロンの夫・チャールズが購入してきた魔法具によって14歳の姿に変身し、この生活を継続してる。
「あれから俺の剣は石になったまま…俺は「勇者として失格」という烙印を押されたのも同然なんだ。」
その表情からは、明らかに未練があるように感じたオルタンスではあるが、自身の執事の恰好をして、今日のステージの事を話すいとこの無邪気な表情に、オルタンスは苦笑いを浮かべるしかなかった。
「俺に遺された道は、スイーツ作って商売おっぱじめるか、音楽で食うかの2つ!!!勇者よりも収入は安定性があるし、それに俺自身が楽しいからな。」
これからの事について熱弁しながら裏口のドアを開けたカルマンは、裏口近くに止めた馬車へ走り、ドアに手をかける。オルタンスの家で長きに仕えてきた執事によって、出待ちのファンは既に去っており、カルマンが馬車のドアを開けると、オルタンスはカノンの姿のまま馬車の中へと入った。
馬車が歌劇場を離れた刹那、1人の巫女が呆然と立ち尽くす。
「勇者…様?」
そう呟いた刹那、セレーネの足は馬車のあとを無我夢中で追いかけ始めた。セレーネは走るのがとても遅く、すぐに馬車を見失ってしまうが、自らが一番会いたがっていた相手が纏っていた甘い香り…その香りの持ち主がその馬車の中にいると思うと、そのはやる気持ちが彼女の体力を増幅させていった。
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