第10話14歳編④

 突如カルマン達の前に現れた巫女の少女は、カルマン達と向かい合うように集落の長の隣に腰かける。

「勇者様、お初にお目にかかります。私はモネ・シブースト・ブランシュと申します。」

 実際の年齢よりも落ち着いた雰囲気の巫女の少女は、カルマン達の前でやんわりとした笑顔を見せるが、それはほんの一瞬で、瞬く間に凛とした表情に切り替わる。

「魔法使いの方のおっしゃる通り、姉上が一人前になれないのは自業自得でございます。ですが…そんな姉上がそうなってしまったのは、2年前に遡ります…」


 そして、巫女の少女は淡々とした口調で2年前の出来事を話し始める。



 1993年8月10日―スイーツ界シュガトピア王国・オランジュ領巫女の集落


「勇者様への数々の侮辱…痛みを持って知りなさい!!!」


 母の叫びと同時に、ご神体の頭上に浮かぶ正八面体の結界に雷が落ちる。雷の光は綺麗に見えるが、怒りに満ちた母親の表情同様、11歳の少女・モネにとっては恐ろしさを同時に感じた。やがて、結界が地上に下りて来て、そこから姉とその取り巻きの双子が解放される。


 どうして姉を含む3人が母の逆鱗に触れたのか…それは2日前、3人がブランシュ領で勇者モンブランの件で教会に駆け込んできた少年を突っぱねたからだという。しかも、その少年は勇者モンブランの孫で、ブランシュ卿にとってはもう1人の息子ともいえる存在…勇者モンブランは即死状態だったそうだが、あの時姉達が少年を突っぱねていなければ、状況は変わっていたかもしれない…モネはそう確信した。




 姉とその取り巻きは「髪が赤いから」という理由で少年を突っぱねたと聞くが、モネにとってそんな理由で突っぱねた事に違和感を覚えた。勇者モンブランの髪は赤かったし、賢者の祖先も王都の博物館のタペストリーで確認してみたが、赤い髪だった。そう考えれば、赤い髪は「運命の髪色」なのだろう…モネはそう解釈する。

「姉上は愚かなのです…ソフィアさんやブランシュ卿だけでなく、母上までも怒らせて…」

 母からの罰で姉とその取り巻き達が本殿の掃除を終えた後、モネは姉と共にオランジュ領の商店街へとやってきた。普段は巫女の集落から少し離れた住宅街に父親が暮らしており、買い出しは父親と母親の側近達が行っているが、父親は先日より1週間ほど王都へ出かけ、母親の側近達は集落前の門の修繕で忙しくしている。そのため、モネ達は本殿で生活する母親の生活用具と食材を買いに行くことになったのである。

「でもね、モネ…私達は神聖なる存在なのよ?」

「「神聖なる存在」でも、やっていい事と悪い事があるのです!!!それが判別できない姉上は、巫女としてやっていけないのです!」

「私は立派な跡継ぎなんだから、きっとやっていけるわ。」

 巫女としての身分に誇りを持ちすぎている姉に反省の色は皆無だと悟ったモネは、1人の青年が必死になって配布する羊皮紙を1枚受け取る。その羊皮紙にはこう書かれていた。


「勇者モンブランの後継者、未だ確定せず。国王陛下のくじ引きで勇者を決める可能性あり。」


 羊皮紙の小見出しを黙読するや否や、モネは国王の動向に思わず眉間にしわを寄せてしまう。確か、勇者モンブランには年端もいかない孫がいる。母の話によれば、モネの1つ年上の男の子…つまり、姉が取り巻き達と共に突っぱねた少年だ。恐らくその少年に何かあったと見てよいだろう。モネはそう確信した。

「モネ!占いの屋台があるわ!占ってもらいましょう?」

 モネが羊皮紙を見ながら考え事をしている間に、姉は占いの屋台の前に立っていた。モネは渋々姉のいる所へ向かう。そこには、黒いフードの占い師が机に水晶玉を置いた状態で座っている。口元は黒い薄地のベールで覆われており、性別がどちらなのかも見当がつかない。モネの前で姉は自分は立派な跡継ぎになれるのか、占い師に聞くが…


「お主は巫女よりも大いなる身分の者となるであろう…一つの領地の一角に収まるような器ではない。」


 つまり、姉は集落の長に収まるような器量ではない…モネはそう感じ取った。

「巫女よりも大いなる身分?…どういう事ですか?巫女以上に神聖な身分なんて…」

 思いもよらぬ占い師の言葉に困惑する姉を尻目に、占い師は話を続ける。


「勇者が命を散らした今、この世界に災厄が起こるであろう…そして、新たなる赤い髪の勇者がこの世界を災厄からお救いになる。その者こそ、お主と結ばれる運命の相手だ。」


「赤い髪の…勇者…」

「さよう…この運命を受け入れるかどうかは、お主次第だがな。」

 占い師の言葉を聞くや否や、モネの真横で姉は瞳をキラキラと輝かせた。先日、「髪が赤いから」という理由で助けを突っぱねた張本人が、手のひらを反すように態度を変える様子は、モネ自身、見ていて思わず引いてしまうほどだった。



 そんな占い師とのやり取りがあった翌日より、姉は修行をサボり、運命の人だという「赤い髪の勇者」を探すようになってしまった。これまで「巫女は神聖な身分」だと過信し、他の身分を見下しがちな言動以外は、モネにとって「自慢の姉」だった姿は、どこに行ってしまったのだろうか…やがて、モネが13歳の誕生日に「一人前の巫女」として認められても、姉は巫女として落ちぶれたまま…




「そして、勇者が見つかったという知らせを受けた姉上は、取り巻きを利用して集落を抜け出し、勇者様、あなたの元へ…」

 巫女の少女の瞳には嘘や偽りが感じ取れない。それを確信したカルマンは、ぐっと息を呑み、すっと立ち上がる。


「決めた!俺は、あの巫女をパーティーから追放する!!!」

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