第9話14歳編③
1995年3月6日―スイーツ界シュガトピア王国オランジュ領
カルマンがヨハン達と共にブランシュ領を旅出て2か月が経ち、彼らはオランジュ領に到着した。ブランシュ領からオランジュ領までは徒歩で2週間ほどの距離ではあるが、立ち寄った集落で黒く禍々しいスイーツの粗悪品・カオスジャンクの討伐を行ったり、セレーネの提案で目的地に向かう際に、何度も同じ場所をグルグル回ったり…と、カルマン達の旅路はなかなか進まなかった。そのため、勇者モンブランの件で、ただでさえ良くないカルマンのセレーネに対する印象は悪くなる一方である。
「1日も早く、グレイさんと合流してぇなぁ…」
この2か月ですっかり、この言葉がカルマンの口癖となってしまったほど、カルマンはセレーネの事をすっかり信用しなくなってしまった。カオスジャンクの討伐の際も、カルマンはセレーネからのアシストを拒否するわ、あからさまにセレーネとの距離を縮めようとはしないわ…旅がなかなか進まないからにしても、同じパーティーのメンバーに対する扱いとしては良くない方と解釈してもいいだろう。その上、オランジュ領にいるカルマンの機嫌はとても悪い。何と言っても、カルマンの目の前の集落がオランジュ領で一番のパワースポット「巫女の
「「「ようこそ、勇者様!!!」」」
集落で暮らす巫女達の歓迎の声が、カルマン達の周囲を飛び交うものの、カルマンは不機嫌な表情を未だに崩そうとしない。そんなカルマンの様子を、ヨハン達は決して見逃してはいなかった。特に、2年前にカルマンがライム
「カルマン…今回は私の叔父上様からの依頼だ。今のお前には難しいかもしれんが、どうにか耐えてくれ…」
「わかってる…でも…コイツが離れてくれねーんだよ!!!」
ヨハンの発言にそう罵るカルマンの背後には、まるで磁石のようにカルマンの背後に寄り添ったまま離れないセレーネの姿があった。
「私は勇者様の「運命の人」ですから。」
「俺は相手の気持ちをガン無視する巫女の事を「運命の人」だって、1ミリたりとも思ってねぇ…」
ただでさえ嫌いな年上の女で、尚且つ2年前にカルマンに暴力を振った巫女…拒絶するのも無理はないが、いちいちセレーネの言動に突っかかったりするのは少々やりすぎである。でも、カルマンの事を「運命の人」と言って離れようともしないセレーネも、ヨハン達から見れば異常だ。この2か月でヘーゼルはセレーネと少しは打ち解けたが、ジュリアに関しては険悪なままである、
「こーゆーのは「一方的な独りよがり」や!」
「あーしも右に同じ!!!」
やがて、カルマン達の前にセレーネと瓜二つの黒髪の巫女が現れる。彼女こそ、セレーネの母で「
「ようこそおいでくださいました、勇者ガレット。わたくしは「巫女の集落」の長・ルーナ・シュゼット・ブランシュ…息苦しく感じるかもしれませぬが、どうかごゆるりとおくつろぎください。」
カルマンに向かって丁重に挨拶した黒髪の巫女は、自分と瓜二つの巫女の姿を見つけると、すっと立ち上がり、表情もカルマンに見せた穏やかな表情から険しい表情に切り替わった。
「セレーネ・ノエル・ブランシュ!!!この2か月の間、巫女の修行を抜け出し、どこをほっつき歩いていたのです!」
黒髪の巫女が厳しい言葉と共に、持っている扇子で空気を切るように魔法陣を描いた刹那、セレーネの足元に結界が現れ、セレーネは結界に閉じ込められてしまった。
「これ以上勇者様に迷惑をかけてはなりません!よって、あなたには罰を与えます!!!」
セレーネは結界の中で何かを訴えるが、彼女の言葉は結界で生じた障壁によってかき消され、カルマン達には一切聞こえない。それどころか、結界は一瞬にして正八面体に変化し、まるで風船のようにふわっと、集落の中心にある大きな岩上のご神体の頂上まで浮き上がってしまった。
「「運命の人」とやらに
集落の長がそう言いながら扇子を空高く掲げると同時に、ご神体の上の結界に雷が落ち、セレーネは結界の中で言葉にならない程の声を上げた。その様子に、流石のカルマンも、精霊ヘーゼル共々ぞっとしてしまう程の衝撃を受けるが、隣に立っているジュリアは魔法学校で生徒に何度も雷が直撃するのを見ていたのか、平然としている。
「シュゼット様…流石に雷落とす時間、長すぎると違います?」
だが、ジュリアも雷が結界に落ち続けていくにつれ、とうとう集落の長に苦言を呈してしまった。セレーネのいる正八面体の結界に雷が直撃して5分ほど経っただろうか、ようやく集落の長は扇子を持つ手を下ろし、扇子と連動するかの如く、セレーネは結界ごと地上に下ろされ、解放される。息はあるものの、結界内で受けたダメージは相当なものだったようで、セレーネは立ち上がる事もままならないが、集落の長の表情は未だに険しい。
「お立ちなさい、セレーネ・ノエル・ブランシュ!!!巫女として1人前でないそなたは、倒れている場合ではないのです。」
集落の長の言葉に答えるかの如く、セレーネはカルマン達を背に立ち上がる。虚ろな目のまま、あんず色のロングヘアーはボサボサ、巫女装束はカルマン達が後ろから見てもわかるほどにボロボロの状態だ。セレーネはカルマン達に振り替える事もなく、黙ってご神体から東の方角にある建屋へと入った。それを確認した集落の長は穏やかな表情に戻るや否や、傍にいる2人のキツネの獣人と共に集落の奥にある本殿にカルマン達を案内する。
集落の長は本殿の奥にある応接間にカルマン達を連れてくると、キツネの獣人の1人・アマルにお茶を用意するように頼み、カルマン達に向かい合うように腰かけるや否や、大きなため息をついた。そして、カルマン達の前で両膝を地面につき、深々と土下座をしたのだった。
「この度はわたくしの娘が、勇者様に度重なるご迷惑をお掛けしてしまい、申し訳ございません!!!」
突然の長からの謝罪の言葉に、カルマンは思わず目を平皿のように丸くする。
「む、む…娘ぇ!?」
「あぁ…それに、セレーネを巫女の集落に連れてくるように依頼した叔父上様は、シュゼット様の夫…つまり、セレーネのパパ上様だ。」
「さようでございます。セレーネ様はシュゼット様の跡を継ぐ立場にあらせられながら、真面目に修行に取り組まず…今となっては、巫女としての実力は妹のモネ様に先を越されてしまうという体たらくにございます。」
ヨハンの説明に続くように、集落の長の傍にいるキツネの獣人・カマルがセレーネの現在の立場について説明する。
「それに、元々巫女としての能力が高いにも関わらず、セレーネは修行を怠ってばかりで、それを上手く引き出せないのです。それに、大抵の巫女は15歳で一人前として認められる…このままではセレーネは、後継者としてだけでなく、1人の巫女として生きていくのは諦めざるを得ないのです。」
集落の長は土下座の状態のままそう言うと、すっと上半身を起こし、姿勢を正座の状態に戻した。
「セレーネは現在16歳…シュゼット様がお困りになられるのも無理はない。」
「魔法も、剣の腕前も、巫女としての力の制御も修行で身につけてこそのモンや!修行サボって一人前になれへんのは、自業自得や!!!」
ヨハンの言葉に、ジュリアはセレーネに対して辛辣な言葉を添える。
「それに、何でセレーネはんは、そないな年齢でカルマンを「運命の人」なんて言うてつきまとうん?カルマンはいやがっとるっちゅーのに…」
セレーネに対して不満たらたらの魔法使いの少女が疑問を述べた刹那、音を立てずに戸が開き、そこから集落の長と同じ色の髪の巫女の少女が現れた。
「その説明は、私・モネが致しましょう…姉上が修行を怠るようになった原因でもありますので。」
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